単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

初めての食感

 

通勤電車のなかで Sheku Kanneh - Mason の『Inspiration』を聴く。

 

Inspiration

Inspiration

 

 

ショスターコーヴィチの曲が中心だが、ボブ・マーリーの「No Woman, No Cry」とか、レナード・コーエンの「Hallelujah」とかもやっている。

「Hallelujah」は、ジェフ・バックリーのヴァージョンがとんでもなく美しくて好きだが、チェロで聴くと原曲のもつ素朴な力強さがさらに際立つような気がする。

 

Sheku Kanneh - Mason はイギリスのチェロ奏者。なんと1999年生まれである。若い!

 

 

 

 

ほどほどに仕事をし、ほどほどに疲れて帰宅。

 

午後から妻の通院に付き添う。

 

薬を長時間待たされた人が、「1時間も待たせるんじゃないよ!」とキレていた。

受付の人も慣れたもので、相手が何をどんなテンションで言ってきても、ひたすら「申し訳ありませんでした~」と機械のように繰り返すだけ。

優秀な謝罪マシーンである。

受付ロボットのペッパーくん相手にキレてる感じなっていて、ちょっと面白かった。

 

 

 

 

帰り、レバニラ炒めが有名な定食屋で、食事。

レバーは、鶏のレバーである。ほとんど火を通しておらずトロトロ。

初めての食感。

値段もリーズナブルでCPは高い。

ただし、椅子が、生ビールの樽(アルミ製)の上に板を敷いてクッションを乗っけたものだったので、腰痛持ちのわたしにはちょっとキツかった。

 

 

 

 

ちくま文庫の『芥川龍之介全集 1』を読み終わる。

 

芥川龍之介全集〈1〉 (ちくま文庫)

芥川龍之介全集〈1〉 (ちくま文庫)

 

 

最初から恐ろしいほど完成されている。

そりゃあ漱石も激賞するわ。

 

 

 

 

 

 

奥歯が痛い

 

腰痛はほぼ治り、咳もだいぶ良くなり、これでひと安心と思ったら…奥歯が痛い。

 

天中殺なのかな?

誰かに呪われてるのかな?

 

で、午後から歯医者。

いきなり麻酔。

わたしは、注射など痛いことが大嫌いで、「麻酔しますねぇ」の声をきいただけで、ガチンと体が固まってしまうのである。

変な汗を脇にかきながら、診療は終了。3千円もとられた。

虫歯は浅くて、あと2回くらい通えば良いとのこと。

 

 

 

 

Jacky Terrasson の『A Paris』を聴く。

 

パリにて

パリにて

 

 

 この人も、プレイ中に少し唸るね。

キース・ジャレットほどではないけど。

良いアルバムだ。

どのあたりがパリっぽいのか、よくわからないが。

ジャケットが、微妙にダサい気もするが。

 

 

 

 

藤沢周平の『闇の梯子』を読み終わる。

 

新装版 闇の梯子 (文春文庫)

新装版 闇の梯子 (文春文庫)

 

 

表題作ほか、「父と呼べ」「入墨」「相模守は無害」「紅の記憶」の全5編。

藤沢周平、最初期の短編集である(デビューから3作目)。

5編ともハッピーエンドでは終わらない。主人公たちが大事な何かを失くして終わる。あるいは、大事な何かを失くしてから、それが自分にとってかけがえのないものだったことに気づく。

悲哀、慟哭、諦め、それらが全編を覆い、救いはない。

これでつまらない物語なら、本を壁にたたきつけるのだが、困ったことに、どれも無類に面白いのだ。

悲惨な話なのに読む手が止まらない。

1編読み終わるごとに、主人公たちがこれから歩むであろう長く険しい道が見える。

 

 

 

 

さて、明日も仕事だ。

頑張らないぞっ、と。

 

短編小説パラダイス #23 / ダグ・アリンの『ライラックの香り』

 

タイトル :ライラックの香り

著者 : ダグ・アリン

収録短篇集 : 『ミステリアス・ショーケース』

訳者 : 富永和子

出版社 : 早川書房 (ポケットミステリ)

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

 

 

戦争に翻弄される一家を描いて、2011年のエドガー賞最優秀短篇賞を受賞した名作。

作者のダグ・アレンは、短篇の名手として知られている。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

舞台は1865年3月、南北戦争末期(南北戦争は1865年4月に終結する)のアメリカ、ミズーリ州

10歳になる息子とともに農場を守るポリー・マッキーのもとに、北軍の兵士たちがやって来る。と言っても、制服を着てるのはひとりだけで(騎兵隊の大尉)、あとは雇われ兵士たちである。

 

ポリーは知り合いがいることを願いながら、男達の顔を見渡し……心のなかで毒づいた。アーロン・ミーチャムが彼らと一緒だった。(中略)厄介なことになるかもしれない。

 

アーロン・ミーチャムは、戦争が始まる何年も前からカンザスで略奪や盗みを働き、奴隷廃止論を煙幕に使って強盗や人殺しや放火をごまかしてきた男である。かれは、奴隷と脱走兵を捜索する部隊に、案内役として雇われていたのだ。

家探しをしようとする男達に、ポリーは散弾銃を手に立ちはだかり、彼らを追い返す。

 

 ポリーは古いスキャッターガンを抱え、ポーチに立ったまま、一行が水を蹴散らして小川を渡り、その先の森のなかに消えていくのを待った。彼らが見えなくなっても、行ってしまったという確信が持てるまで、少しのあいだそこに立っていた。

 家のなかに入ると、彼女は注意深くいつもの場所、ドアのすぐ横にショットガンを立てかけた。それからようやく、甘い香りのする居間の静けさのなかで溜めていた息を吐きだし、震えを止めようと自分の身体をきつく抱きしめた。

 

一方、山の奥では、ポリーの夫のガス・マッキーが牧場の馬と一緒に潜んでいた。戦場に出ている息子たちが戻ってきたときに、少しでも再スタートが楽にきれるようにと馬を守っていたのだ。

ある夜、ガスは南軍の逃亡兵と出会ってしまう。

 

 その男は陰のなかから出てきた。痩せてひょろりとした、まだ二十歳にもならない若者だった。が、手にしている武器は大人が持つコルト・ホース・ピストルだった。撃鉄が起こされ、銃口はガスの腹を狙っている。

 

若者の名はミッチェル、徒歩で遠い故郷まで逃げ戻る途中だった。

ガスは、彼を助けることにする。自分の愛馬を与え、それに乗って故郷まで戻れと言う。

 

 「このままオザーク高原をイリノイに向かって歩きつづけていたら、そのうち捕まるのは、神様が緑のりんごを作ったのと同じくらい確かなこった。彼らはあんたを捕まえ、ひょっとすると俺のところまでたどってくるかもしれん。つまり、あんたがここからできるだけ早く消えてくれたほうが、俺にとってもありがたいんだよ。馬と多少のツキがあれば、一週間後には家にいられるぞ」

 

 

しかし、この判断が、ガスを無法者アーロン・ミーチャムとの闘いへと導くのだった…。

 

一家が出会う悲惨な状況に胸がしめつけられるシーンもあるが、最後は希望を抱きながら終わる。

短編の名手ダグ・アリンらしい、隙のない名品である。

 

 

★★★

 

 

 

◆収録短編集 『ミステリアス・ショーケース』 について

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

 

 

「ぼくがしようとしてきたこと / D・ゴードン」「クイーンズのヴァンパイア / D・ゴードン」「この場所と黄海のあいだ / N・ピゾラット」「彼の両手がずっと待っていたもの / T・フランクリン」「悪魔がオレホヴォにやってくる / D・ベニオフ」「四人目の空席 / S・ハミルトン」「彼女がくれたもの / T・H・クック」「ライラックの香り / D・アリン」 の8編を収録したアンソロジー

このなかで1冊の本としてまとめられてるのは、ベニオフの短篇だけで、あとはこのアンソロジーでしか読めない。

ぜんたいとしては、ミステリー色は弱く、普通の小説にちかいものが多い。

D・アリンの短篇のほかでは、T・フランクリンが妻と共著した「彼の両手がずっと待っていたもの」がおすすめ。

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『ある詩人の死 / ダグ・アリン』

ある詩人の死―英米短編ミステリー名人選集〈6〉 (光文社文庫)

ある詩人の死―英米短編ミステリー名人選集〈6〉 (光文社文庫)

 

 

「ある詩人の死」「ゴースト・ショー」「レッカー車」「フランケン・キャット」「ダンシング・ベア」(←エドガー賞受賞作)「黒い水」の6編収録。日本でのオリジナル短編集。

すべて読み応えがあり、ミステリーとしての質はかなり高い。でも、絶版。って言うか、ダグ・アリンの本じたいが最近はまったく出版されてない。こんなに面白いのに…。派手さがイマイチ足りないってことかな。渋い作品は一般受けしないってことかな。

良質な短編集が読みたい人には、おすすめの1冊。

 

 

 

 

 

本の本 #4 / 書評の教科書 PartⅡ 10冊

 

面白い書評を書くための教科書は、けっきょく優れた書評そのものなのだ。

と言うわけで、読み応えのある書評集を10冊。

 

 

 

01. 『ビブリオパイカ / 斎藤環』(日本評論社

ビブリオパイカ---斎藤環書評集1997-2014
 

 

1997年から2014年までに著者が書いた書評のほぼすべてを収める。

巻末の書名索引によると、取り上げた本の冊数は約400冊。驚くのは、その守備範囲である。専門の精神医療関係(著者は精神科医)はもちろんのこと、トマス・ピンチョンの『重力の虹』から荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な名言集』まで、著者があとがきで言う通り、じつに「無節操な雑食ぶり」なのである。

 これだけ守備範囲がひろいと、やはり書評集としてのまとまりには欠ける。質より量って感じ。

 

 

02. 『優雅な読書が最高の復讐である / 山崎まどか』(DU BOOKS)

優雅な読書が最高の復讐である 山崎まどか書評エッセイ集
 

 

著者は、2004年にも『ブック・イン・ピンク』という素晴らしいブックガイドを出している。

『優雅な読書~』は、その本以降に書かれた書評や読書エッセイから、《好きだった本、印象に残った本について書いた文章》を選んで収録。

 

編集者から『優雅な読書が最高の復讐である』という書名を提案されたとき、彼女は迷う。

 

私の読書のあり方は特に「優雅」とは言えない。そう思って躊躇していたら、「世の中には “人生の役に立つブックガイド” のような本が沢山あるんです。でも山崎さんの書いていることって、何の役にも立たないじゃないですか。実生活の足しにはならない、そういう山崎さんのブログの文章をかつて読んで、僕はずいぶん贅沢な気持ちを味わったものです」と稲葉さんに言われた。 ~あとがき

 

そうなのだ。

 山崎まどかの文章からは、ただ読書の愉しみのみが伝わってくるのだ。

 

一人で本を探し、本を読み、レコードや映画を楽しんだ時間が書き手としての私を作った。(中略)本屋で発見したものは、何でも宝物だった。どこかに私が読むべき本が隠れていると思うと、街は輝いて見える。本について書く時は紹介するだけではなく、そういう喜びも伝えたいと思っている。 ~あとがき

 

 

03. 『本よみの虫干し / 関川夏央』(岩波書店 / 新書)

本よみの虫干し―日本の近代文学再読 (岩波新書)

本よみの虫干し―日本の近代文学再読 (岩波新書)

 

 

副題に「日本の近代文学再読」とある通り、新刊本の書評集ではない。

川端康成の「伊豆の踊子」から伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」まで、全59作品を再読しながら、近代日本について考察する。

 

関川夏央は、文学的素養のレンジが広い。明治期から現代までを幅広くカバーしている。

この本は、そういう著者だからこそ書けたと言える。

 

 

  日本人は、だいたい文化・文政年間に形成された生活意識を受容しつつ、その上に近代と超近代の道具を積み上げて暮らしてきた。この二百年間多くの本が書かれたが、それらの大半は橋の下をくぐる水のように流れ去って、ごく少数が名のみを残した。しかし読まれないのはおなじで、いたずらに歴史の車にたぐりこまれるばかりである。

~あとがき

 

忘れさられようとしている多くの本に、著者は光を当てる。

 

 

04. 『趣味は読書。 / 斎藤美奈子』(筑摩書房 / 文庫)

趣味は読書。 (ちくま文庫)

趣味は読書。 (ちくま文庫)

 

 

ふだん本を読まない人までがその本に手を伸ばしたとき、ベストセラーは誕生する。

本を読む習慣がある人は、ふん、そんなもの誰が読むか、となる。

そして、ろくに読みもしないで批判する。

それはいかんのじゃないか? と考えた斎藤美奈子は、五木寛之の『大河の一滴』から斎藤孝の『声に出して読みたい日本語』まで、全49冊を読み倒す。

結果、6つのベストセラーの法則を発見するのだ。

 

文章はキレがあり、笑いもふんだんに盛り込まれている。もちろん皮肉もきいている。

タイトルの「趣味は読書」からして、かなりの皮肉。

ただし、元版の発行年が2003年なので、取り上げている本がいささか古い。

 

 

05. 『ポケットに物語を入れて / 角田光代』(小学館 / 文庫)

ポケットに物語を入れて

ポケットに物語を入れて

 

「アーモンド入りチョコレートのワルツ」をはじめて読んだのは、七、八年前、私が三十歳になったころだった。読みはじめてすぐに思った。どうして私が中学生のときに、この作家に会えなかったのか! と。 森絵都の「アーモンド入りチョコレートのワルツ」の項

 

 小学生のとき、宮沢賢治の物語が好きで、卒業するまでに図書室にある童話集をすべて読もうと思っていた。布地の表紙の、ページの隅の黄ばんだ大判な本だった。すべて読めたのかどうか、思い出せないけれど、けっこうたくさん読んだ。 ~「宮沢賢治の童話」の項

 

いずれも冒頭の分部。

自分と本との関りから静かに話し始めて、やがてその本の魅力に深く入っていく。

どこまでも平易であるが、論理の破綻もなく、無駄な文章はない。

読み終わったときには、読み手に、紹介されている本の魅力がしっかりと伝わっている。

柔そうに見えて、じつは硬派な書評集である。

 

 

06. 『読むのが怖い!Z / 北上次郎×大森望』(ロッキング・オン

読むのが怖い!Z―日本一わがままなブックガイド

読むのが怖い!Z―日本一わがままなブックガイド

 

 

扉に書かれた説明文…

 

「読みたいものしか読まない大御所」北上次郎

「理論&バランスの知性派」大森望による書評対談。

互いのおすすめ本を持ち寄り、読ませ合い、判定し合い続けて幾年月、

年を重ねれば重ねるほどに、譲らなさ・同意しなさ・折り合わなさなどが加速する一方のこのふたりが、2008年から2012年春まで俎上に載せた全169冊。

 

いやあ、面白くて一気読みです。

対談は、話が噛み合うより噛み合わない方がだんぜん面白い。

大森望は、豊崎由美とも書評対談をやっているが、あちらは意見が噛み合っているのでいまいち面白くないのだ。

こちらは、微妙に噛み合ってない。どちらも良い感じに自分のわがままを出してきている。とくに北上次郎

北上次郎は、相手がおすすめしてきた本であっても、つまらないと思ったら途中で読むのやめるし、あらすじを説明しなければいけないときに平気で「めんどくせぇな」とか言うし(笑)。

いやあ、良い味出してます。

 

 

07. 『これから泳ぎにいきませんか / 穂村弘』(河出書房新社

 

 ひとつの書評を読んで、読み手がその本を読んでみたいと思ったら、書評家側のヒットである。まったく読む気が起きなかったらアウト。

穂村弘は、そういう点では、かなり打率の高い人ではないかと思う。

わたしは、この本に載っている『ほんじょの鉛筆日和 / 本上まなみ』の書評を読んで、激しく読みたいと思い、じっさい読んだ(とても良かった)。

『古書の森 逍遥 / 黒岩比佐子』も、『たんぽるぽる / 雪舟えま』も、『私は猫ストーカー / 浅生ハルミン』も、すべてこの書評集で知り、出会うことができた本である。

 

穂村弘歌人なので、歌集の書評が多い。

 

 

08. 『枕元の本棚 / 津村記久子』(実業之日本社

枕元の本棚

枕元の本棚

 

 

 取り上げている本が、ほぼ理系の本である(文系も少しあるが)。

と言っても、本格的に難しい本ではなく、気楽に読める本ばかり。

理系の本の書評を、文系のノリで書くとこうなるという見本のような本である。

 

 本書は、防衛本能の強い怖がりが怖い話を好む、というもってまわった段階はすっ飛ばして、怖いこととその防衛法の剛速球のみで構築されている、大変エッセンシャルでソリッドな一冊である。もうのっけから「流砂に足をとられたとき」という、なかなかありえない状況の危険について説明してくれる。次が「ドアを蹴破って室内に入るとき」である。いつあるんだそんな機会。

~『この方法で生きのびろ / J・ペイビン、D・ボーゲニクト』の項

 

 『ゴキブリだって愛されたい』というみもふたもない邦題の本書は、人間とは全然違うようで、でも似たような部分もある、愛すべき昆虫たちにまつわる、常識や迷信を、時にひたすらアホらしく紹介し、時に専門的に検証してくれる素敵な本である。

 まずアホという点では、「シラミとともに生きるライフスタイル愛好サイト」を謳うウェブサイトにおける、人の陰毛に寄生するケジラミについての「ケジラミが股間で赤ちゃんを産んで家族を作ったらすごい楽しいじゃないですか、パンツの中にシーモンキーを飼ってるのと同じことじゃないですか」という宣言と、マダガスカルオオゴキブリを生食するというさるテーマパークのイベントに寄せられた、動物の取り扱いの倫理を問題にする団体の抗議の訴状に署名した人が六百人に満たなかった、という話が白眉である。

~『ゴキブリだって愛されたい / メイ・R・ベーレンバウム』の項

 

  ちょっともう自分でげんなりするほど付箋を貼っていて、要点の整理にすごく時間がかかった、というほどおもしろい本だった。付箋を貼らずに読める、付箋を貼っても後で整理をする必要がない人にとっては、付箋を貼りまくったわたし以上にらくに、興味深いと思える本だと思う。うらやましい限りである。

~『貧乏人の経済学 / A・V・バナジー、E・デュフロ』の項

 

やはり、良い書評は、著者の感じている “読書のよろこび” が、読んでいる人にも伝わってくる。

逆に、それが伝わってこない書評は、ダメな書評だ。

 

 

09. 『世界文学ワンダーランド / 牧眞司』(本の雑誌社

世界文学ワンダーランド

世界文学ワンダーランド

 

 

「文学こそ最高のエンターテインメント」と考える著者の、外国文学ブックガイド。

ガルシア・マルケスの『百年の孤独』からカリンティ・フェレンツの『エペペ』まで、全76冊。ほぼ現代文学で、ドストエフスキーとかトルストイとかの古典は入っていない。

1冊4ページでさくさくと紹介していく。紹介分は簡潔で面白く、すいすい読める。

が、紹介している本は、いささか敷居が高い気がする。ホセ・ドノソとか、マリオ・バルガス=リョサとか、トマス・ピンチョンとか、ポール・ボウルズとか…。

 

巻末に著者の選ぶ「最強のジャンル小説(SFとかミステリーとか)」と「最強の文学」がそれぞれ50冊ずつリストアップされている。

 

 

 

10. 『人生を狂わす名著50 / 三宅香帆』(ライツ社)

人生を狂わす名著50

人生を狂わす名著50

 

 

著者は、京都大学大学院に在学中の院生。

京都の「天狼院書店」でバイト中、書店のウェブサイトに掲載した記事が話題となり、それを元にして書籍化したのがこの本である。

 

取り上げている本がどうこうというよりは、まず、その文章の熱量に圧倒される。

お嬢ちゃん少し落ち着け、とわたしは思ったけど(笑)。

これほど、ガンガン迫ってくる書評集も珍しい。

このノリが好きな人には、たまらない1冊だろうなあ。

 

短編小説パラダイス #22 / 佐藤巌太郎の『報復の仕来り』

タイトル : 報復の仕来り

著者 : 佐藤巌太郎

収録短編集 : 『会津執権の栄誉』

出版社 : 文藝春秋

会津執権の栄誉

会津執権の栄誉

 

 

佐藤巌太郎は、1962年生まれの新人作家。このデビュー作でいきなり直木賞候補になった。

“新人離れした”という常套句が、そのまま当てはまるような完成度である。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

時代は、戦国時代末期。豊臣秀吉による天下統一直前の頃。

 

会津四群を支配する芦名家の屋台骨が揺らいでいた。

十九代当主の亀王丸の死後、芦名家嫡流の男系は絶え、家督争いで揉めた。芦名重臣の集まった評議では、常陸佐竹義重の次男、義広を当主に迎えることになった。義広はまだ若く、佐竹家の家老連中が後見につくことになって以来、佐竹家家臣団と芦名家譜代の家臣団との間に確執が生まれている。》

 

そんな状況下で、事件は起きた。

佐竹家家臣団の有力者大繩讃岐の足軽大将である藤倉三郎治が、何者かに斬殺されたのである。

追いはぎにやられたのだろうと言う噂がたっているが、これは芦名家が飛ばした流言にすぎない。藤倉三郎治は、武勇の誉れ高い男で、追いはぎなどにむざむざとやられるような男ではないのだ。

 

《新当主の側近家老の家臣が城下で斬られたのである。名門佐竹家の面目にかけて、斬った相手を探し始めた。その様子を見て、芦名家古株の重臣たちも、さすがに知らぬ顔はできない。斬った者の首を差し出して、大繩の怒りを収める算段をつけた。

「やったのは玄蕃(げんば)に決まっておる。諍いがあったというではないか。そなたが行って詮議して参れ」》

 

上役から命を受けたのは、芦名派の馬廻役、桑原新次郎。

犯人と目された松尾玄蕃は、芦名直参の家系の組頭格。伊達との戦で、三人の兜首をあげた猛者で、先代の時代には、組頭以下をまとめる侍大将の器と目されていた。

そして、桑原新次郎とは同い年の幼馴染でもあった。

新次郎は、玄蕃を訪ねる。

 

 

《「おまえが来るとは想像していなかったぞ」

さして驚いた風も見せずに、一瞥した玄蕃はそう言った。

「だが、誰かが来るだろうとは想像していたのか」

 玄蕃は新次郎の目を見据えると、抑揚のない表情を見せて事もなげにつぶやいた。

「あやつを斬ったからな。そりゃあ、誰かは来るだろうさ」》

 

その言葉に、新次郎が気色ばんで、「では、藤倉三郎治を斬ったのは自分だと認めるのか」と詰め寄ると、「いや、認めぬ」と言う。

「わしが斬ったという証を見せろ」と言うのだ。

 

目撃者探しに奔走する新次郎だったが、ひとりも見つからない。

そんなとき、野村銀之助と名乗る薄汚れた牢人者が新次郎を訪ねて来る。

玄蕃と三郎治の斬り合いを目撃したと言うのである。話をきいてみると、三郎治の刀傷の状況などから、証言に間違いはないように思える。

が、新次郎は、若い牢人者に微かな違和感を覚えるのだった…。何かが、どこかがおかしい…。

 

驚愕のラストにたどり着くまでに、伏線がきっちりと張られていて見事。

 

 

★★★

 

 

◆収録短編集 『会津執権の栄誉』 について

会津執権の栄誉

会津執権の栄誉

 

 

会津の芦名家を舞台にして、戦国末期からその没落までを語る連作短編集。

収録作品は、「湖の武将」「報復の仕来り」「芦名の陣立て」「退路の果ての橋」「会津執権の栄誉」「政宗の代償」の全6編。いずれも完成度が高く、読みごたえがある。

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『戦国番狂わせ七番勝負 / 佐藤巌太郎・ほか』(文春文庫)

戦国 番狂わせ七番勝負 (文春文庫)

戦国 番狂わせ七番勝負 (文春文庫)

 

 

絶体絶命の窮地に陥った戦国武将たちがとった乾坤一擲の策とは?

新人から中堅作家まで、七人の時代小説家の短編を集めたアンソロジー

収録作品は、「初陣・海ノ口 / 高橋直樹」「信長の首 / 木下昌輝」「背水の通過儀礼 / 佐藤巌太郎」「川中島を、もう一度 / 簑輪諒」「麒麟/ 天野純希」「宰相の掌 / 村木嵐」「婿どのの野望 / 岩井三四二」の7編。

 

 

◇『時限の幻 / 吉川永青』(幻冬舎

時限の幻

時限の幻

 

 

巧みな外交術で芦名家を支える“会津の執権”金上盛備と、信長亡きあと天下取りに動き出した独眼竜伊達政宗。ふたりの虚々実々の戦いを描く時代小説の佳品。

伊達政宗はともかく、金上盛備を主役に据えた小説は珍しい。

 

 

 

 

短編小説パラダイス #21 / 三田村信行・佐々木マキの『おとうさんがいっぱい』

 

タイトル : おとうさんがいっぱい

著者 : 三田村信行佐々木マキ

収録短編集 : 『おとうさんがいっぱい』

出版社 : 理論社 / フォア文庫

おとうさんがいっぱい (フォア文庫)

おとうさんがいっぱい (フォア文庫)

 

 

三田村信行(みたむら・のぶゆき 1939 - )は、多数の著作がある児童文学者。

「おとうさんがいっぱい」は代表作のひとつ。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

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短編小説パラダイス #20 / フィッツ=ジェイムズ・オブライエンの『あれは何だったのか?』

 

タイトル : あれは何だったのか?

著者 : フィッツ=ジェイムズ・オブライエン

収録短編集 : 『不思議屋 / ダイヤモンドのレンズ』

訳者 : 南條竹則

出版社 : 光文社 / 古典新訳文庫

不思議屋/ダイヤモンドのレンズ (光文社古典新訳文庫)

不思議屋/ダイヤモンドのレンズ (光文社古典新訳文庫)

 

 

フィッツ=ジェイムズ・オブライエンは、1828年に生まれ、1862年に33歳の若さで亡くなったアメリカの作家。ポーが亡くなったときに21歳なので、まさに同時代の人である。

ポーの後継者と言われる人だが、ポーほど多くのジャンルを書いているわけではなく、主にファンタジーとSFが中心である。

 

「あれは何だったのか」は、オブライエンの代表作のひとつ。

超自然的な謎を、現代科学で解き明かそうとするスタンスがいかにもオブライエンである。

 

幽霊屋敷の噂や、降霊会、霊魂など、怪奇小説によく出てくる単語が、この作品にも出てくるが、古臭い怪奇小説が放つ黴臭さは、ここにはない。

TVシリーズ『Xファイル』や『フリンジ』、あるいは『ミステリーゾーン』を見ているときの楽しさと、同じ楽しさがある。

センス・オブ・ワンダー率100%の傑作。

 

では、あらすじを。

 

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