面白い書評を書くための教科書は、けっきょく優れた書評そのものなのだ。
と言うわけで、読み応えのある書評集を10冊。
1997年から2014年までに著者が書いた書評のほぼすべてを収める。
巻末の書名索引によると、取り上げた本の冊数は約400冊。驚くのは、その守備範囲である。専門の精神医療関係(著者は精神科医)はもちろんのこと、トマス・ピンチョンの『重力の虹』から荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な名言集』まで、著者があとがきで言う通り、じつに「無節操な雑食ぶり」なのである。
これだけ守備範囲がひろいと、やはり書評集としてのまとまりには欠ける。質より量って感じ。
02. 『優雅な読書が最高の復讐である / 山崎まどか』(DU BOOKS)
著者は、2004年にも『ブック・イン・ピンク』という素晴らしいブックガイドを出している。
『優雅な読書~』は、その本以降に書かれた書評や読書エッセイから、《好きだった本、印象に残った本について書いた文章》を選んで収録。
編集者から『優雅な読書が最高の復讐である』という書名を提案されたとき、彼女は迷う。
私の読書のあり方は特に「優雅」とは言えない。そう思って躊躇していたら、「世の中には “人生の役に立つブックガイド” のような本が沢山あるんです。でも山崎さんの書いていることって、何の役にも立たないじゃないですか。実生活の足しにはならない、そういう山崎さんのブログの文章をかつて読んで、僕はずいぶん贅沢な気持ちを味わったものです」と稲葉さんに言われた。 ~あとがき
そうなのだ。
山崎まどかの文章からは、ただ読書の愉しみのみが伝わってくるのだ。
一人で本を探し、本を読み、レコードや映画を楽しんだ時間が書き手としての私を作った。(中略)本屋で発見したものは、何でも宝物だった。どこかに私が読むべき本が隠れていると思うと、街は輝いて見える。本について書く時は紹介するだけではなく、そういう喜びも伝えたいと思っている。 ~あとがき
03. 『本よみの虫干し / 関川夏央』(岩波書店 / 新書)
副題に「日本の近代文学再読」とある通り、新刊本の書評集ではない。
川端康成の「伊豆の踊子」から伊丹十三の「ヨーロッパ退屈日記」まで、全59作品を再読しながら、近代日本について考察する。
関川夏央は、文学的素養のレンジが広い。明治期から現代までを幅広くカバーしている。
この本は、そういう著者だからこそ書けたと言える。
日本人は、だいたい文化・文政年間に形成された生活意識を受容しつつ、その上に近代と超近代の道具を積み上げて暮らしてきた。この二百年間多くの本が書かれたが、それらの大半は橋の下をくぐる水のように流れ去って、ごく少数が名のみを残した。しかし読まれないのはおなじで、いたずらに歴史の車にたぐりこまれるばかりである。
~あとがき
忘れさられようとしている多くの本に、著者は光を当てる。
04. 『趣味は読書。 / 斎藤美奈子』(筑摩書房 / 文庫)
ふだん本を読まない人までがその本に手を伸ばしたとき、ベストセラーは誕生する。
本を読む習慣がある人は、ふん、そんなもの誰が読むか、となる。
そして、ろくに読みもしないで批判する。
それはいかんのじゃないか? と考えた斎藤美奈子は、五木寛之の『大河の一滴』から斎藤孝の『声に出して読みたい日本語』まで、全49冊を読み倒す。
結果、6つのベストセラーの法則を発見するのだ。
文章はキレがあり、笑いもふんだんに盛り込まれている。もちろん皮肉もきいている。
タイトルの「趣味は読書」からして、かなりの皮肉。
ただし、元版の発行年が2003年なので、取り上げている本がいささか古い。
05. 『ポケットに物語を入れて / 角田光代』(小学館 / 文庫)
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」をはじめて読んだのは、七、八年前、私が三十歳になったころだった。読みはじめてすぐに思った。どうして私が中学生のときに、この作家に会えなかったのか! と。 ~森絵都の「アーモンド入りチョコレートのワルツ」の項
小学生のとき、宮沢賢治の物語が好きで、卒業するまでに図書室にある童話集をすべて読もうと思っていた。布地の表紙の、ページの隅の黄ばんだ大判な本だった。すべて読めたのかどうか、思い出せないけれど、けっこうたくさん読んだ。 ~「宮沢賢治の童話」の項
いずれも冒頭の分部。
自分と本との関りから静かに話し始めて、やがてその本の魅力に深く入っていく。
どこまでも平易であるが、論理の破綻もなく、無駄な文章はない。
読み終わったときには、読み手に、紹介されている本の魅力がしっかりと伝わっている。
柔そうに見えて、じつは硬派な書評集である。
扉に書かれた説明文…
「読みたいものしか読まない大御所」北上次郎と
「理論&バランスの知性派」大森望による書評対談。
互いのおすすめ本を持ち寄り、読ませ合い、判定し合い続けて幾年月、
年を重ねれば重ねるほどに、譲らなさ・同意しなさ・折り合わなさなどが加速する一方のこのふたりが、2008年から2012年春まで俎上に載せた全169冊。
いやあ、面白くて一気読みです。
対談は、話が噛み合うより噛み合わない方がだんぜん面白い。
大森望は、豊崎由美とも書評対談をやっているが、あちらは意見が噛み合っているのでいまいち面白くないのだ。
こちらは、微妙に噛み合ってない。どちらも良い感じに自分のわがままを出してきている。とくに北上次郎。
北上次郎は、相手がおすすめしてきた本であっても、つまらないと思ったら途中で読むのやめるし、あらすじを説明しなければいけないときに平気で「めんどくせぇな」とか言うし(笑)。
いやあ、良い味出してます。
07. 『これから泳ぎにいきませんか / 穂村弘』(河出書房新社)
ひとつの書評を読んで、読み手がその本を読んでみたいと思ったら、書評家側のヒットである。まったく読む気が起きなかったらアウト。
穂村弘は、そういう点では、かなり打率の高い人ではないかと思う。
わたしは、この本に載っている『ほんじょの鉛筆日和 / 本上まなみ』の書評を読んで、激しく読みたいと思い、じっさい読んだ(とても良かった)。
『古書の森 逍遥 / 黒岩比佐子』も、『たんぽるぽる / 雪舟えま』も、『私は猫ストーカー / 浅生ハルミン』も、すべてこの書評集で知り、出会うことができた本である。
穂村弘が歌人なので、歌集の書評が多い。
取り上げている本が、ほぼ理系の本である(文系も少しあるが)。
と言っても、本格的に難しい本ではなく、気楽に読める本ばかり。
理系の本の書評を、文系のノリで書くとこうなるという見本のような本である。
本書は、防衛本能の強い怖がりが怖い話を好む、というもってまわった段階はすっ飛ばして、怖いこととその防衛法の剛速球のみで構築されている、大変エッセンシャルでソリッドな一冊である。もうのっけから「流砂に足をとられたとき」という、なかなかありえない状況の危険について説明してくれる。次が「ドアを蹴破って室内に入るとき」である。いつあるんだそんな機会。
~『この方法で生きのびろ / J・ペイビン、D・ボーゲニクト』の項
『ゴキブリだって愛されたい』というみもふたもない邦題の本書は、人間とは全然違うようで、でも似たような部分もある、愛すべき昆虫たちにまつわる、常識や迷信を、時にひたすらアホらしく紹介し、時に専門的に検証してくれる素敵な本である。
まずアホという点では、「シラミとともに生きるライフスタイル愛好サイト」を謳うウェブサイトにおける、人の陰毛に寄生するケジラミについての「ケジラミが股間で赤ちゃんを産んで家族を作ったらすごい楽しいじゃないですか、パンツの中にシーモンキーを飼ってるのと同じことじゃないですか」という宣言と、マダガスカルオオゴキブリを生食するというさるテーマパークのイベントに寄せられた、動物の取り扱いの倫理を問題にする団体の抗議の訴状に署名した人が六百人に満たなかった、という話が白眉である。
~『ゴキブリだって愛されたい / メイ・R・ベーレンバウム』の項
ちょっともう自分でげんなりするほど付箋を貼っていて、要点の整理にすごく時間がかかった、というほどおもしろい本だった。付箋を貼らずに読める、付箋を貼っても後で整理をする必要がない人にとっては、付箋を貼りまくったわたし以上にらくに、興味深いと思える本だと思う。うらやましい限りである。
~『貧乏人の経済学 / A・V・バナジー、E・デュフロ』の項
やはり、良い書評は、著者の感じている “読書のよろこび” が、読んでいる人にも伝わってくる。
逆に、それが伝わってこない書評は、ダメな書評だ。
09. 『世界文学ワンダーランド / 牧眞司』(本の雑誌社)
「文学こそ最高のエンターテインメント」と考える著者の、外国文学ブックガイド。
ガルシア・マルケスの『百年の孤独』からカリンティ・フェレンツの『エペペ』まで、全76冊。ほぼ現代文学で、ドストエフスキーとかトルストイとかの古典は入っていない。
1冊4ページでさくさくと紹介していく。紹介分は簡潔で面白く、すいすい読める。
が、紹介している本は、いささか敷居が高い気がする。ホセ・ドノソとか、マリオ・バルガス=リョサとか、トマス・ピンチョンとか、ポール・ボウルズとか…。
巻末に著者の選ぶ「最強のジャンル小説(SFとかミステリーとか)」と「最強の文学」がそれぞれ50冊ずつリストアップされている。
10. 『人生を狂わす名著50 / 三宅香帆』(ライツ社)
著者は、京都大学大学院に在学中の院生。
京都の「天狼院書店」でバイト中、書店のウェブサイトに掲載した記事が話題となり、それを元にして書籍化したのがこの本である。
取り上げている本がどうこうというよりは、まず、その文章の熱量に圧倒される。
お嬢ちゃん少し落ち着け、とわたしは思ったけど(笑)。
これほど、ガンガン迫ってくる書評集も珍しい。
このノリが好きな人には、たまらない1冊だろうなあ。