単純な生活 / 気がつけば本を読んでいる

読書日記、ときどきブックガイド、的な。

マスク男とモーパッサン

 

 通勤のお供は『三千円の使いかた / 原田ひ香』(中央公論新社)。駅のベンチで読み終わる。

 全6章の連作短編集だが、第4章あたりから加速度がついてググッと面白くなる。

 

 電車のなかで変な男を見かける。

 スーツ姿の若いサラリーマンなのだが、風邪をひいてるらしくマスクをしている。それはべつに何のもんだいもないのだが、男は咳をするたびに、そのマスクをはずすのである。マスクをはずして、ゲホゲホとやるのだ。いったい何のためのマスクなのか…?

 しばらく眺めていたのだが、風邪をうつされたらかなわないので、車両を移動した。

 

 

 午後、ずっと『読書の日記 / 阿久津隆』を読んで過ごす。

 そのあともwebの、もう手出しが能力的にできないのに、チェックというか、どうしようか、とか無意味に考えて閲覧していたところ、ブログを読み出した。僕は自分の文章を読み返すのが楽しいので好きなので楽しいので好きだった。 ~p.102

 こういう文章がたまらなく気持ち良い。文章作法的には絶対アウトなんだけど。

 朝、地震で目を覚ましてから一時間くらい、動物の動画とかを見て過ごした。それから、寝て、起きて、ヘミングウェイを一編読んだ。不思議なほどに、読めば穏やかな心地が得られるという効果が持続している。とてもいい。ヘミングウェイは大昔に『老人と海』を読んだことがあるだけで、他を知らないので、これはもしかしたらヘミングウェイを読むタイミングなのかもしれない。 ~p.104

  こういうことを、わたしはヘッセで経験した。ある時期、それまで見向きもしなかったヘッセの作品が、いきなりなくてはならないものになって、暇さえあればヘッセを読んでいた。ふつうヘッセは、若い時にイカレるものだと思っていたが、わたしは、50歳を越えてからはまってしまった。ヘッセを読むタイミングだったのだろう。

 自分に必要な本は、向こうからやって来ると、わたしは信じている。

 

 『夏の涯ての島 / イアン・R・マクラウド』(早川書房)を読み始める。 

夏の涯ての島 (プラチナ・ファンタジイ)

夏の涯ての島 (プラチナ・ファンタジイ)

 

 世界幻想文学大賞をとった作家の日本オリジナル短編集。全7編。最初の「帰還」を読む。ちょっとブラッドベリっぽい。いい感じ。

 

 『モーパッサン短篇集 / 山田登世子・編訳』を、いいなあ、やっぱモーパッサンは良いなあ、と思いながら読む。

 「森のなか」の始まり。

田園監視人のオシュデュールがシャンピウーの森あたりを巡回していると、農作業中のブルデルの息子に声をかけられる…

「おーい、オシュデュールおやじ、森に行ってみなよ、一番目の雑木林さ。二人あわせて百三十歳くらいのカップルが仲良くやってるぜ」

 教えられた方向に向かって、茂みの中に入りこむと、ひそひそ声とため息が聞こえたので、風俗紊乱の現行犯だなと思った。 ~p.116

 この冒頭の描写でニヤニヤしてしまう。あわせて百三十歳って。けっきょく二人は町からピクニックに来た夫と妻だとわかるのだが、森のなかで事をし始めたのには、少し哀しい事情があったのである。いかにもモーパッサンらしい小品。

 

 しかし、モーパッサンって、海外文学好きのあいだで少し低く評価されているような気がしてならない。同じ短編作家としては、やはりチェホフなんかのほうが、はるかに高く評価されているだろうし、「海外文学必読100選」なんてリストを見ても、モーパッサンは抜けてたりする。

 この感じは、O・ヘンリーと少し似ているかな。モーパッサンもO・ヘンリーも新聞に短編を書きまくった人だし。

 面白いんだけどなあ。