単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

短編小説パラダイス #4 / O・ヘンリーの『理想郷の短期滞在者』

タイトル :理想郷の短期滞在者

著者 : O・ヘンリー

収録短編集 : 『賢者の贈りもの / O・ヘンリー傑作選Ⅰ』

訳者 : 小川高義

出版社 : 新潮社 / 文庫

賢者の贈りもの―O・ヘンリー傑作選I―(新潮文庫)

賢者の贈りもの―O・ヘンリー傑作選I―(新潮文庫)

 

 読んだ人が幸せになるようなラブ・ストーリーを書かせたらO・ヘンリーの右に出るものはいない。

 この作品も、読み終わったあと誰もが良い気分になる。

 では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 ブロードウエーの通りから少し奥まったところに一軒のホテルがあった。

 リゾート開発の業者には見逃されているが、避暑にはもってこいのホテルである。ぜんたいに涼しい風が吹きわたっている感じで、料理も美味しく、居心地は満点なのだ。

 さて、マンハッタンが暑い砂漠となる7月、マダム・エロイーズ・ダーシー・ボーモンという名の女性客が宿をとった。

 ホテル・ロータスとしては大歓迎の客だった。マダム・ボーモンは上流の気品を漂わせ、しかも気さくに人と接して、おっとりとした優しが感じられる。ホテルの従業員は、マダムの言うことなら何でも従いたくなっていた。(中略)ほかの客から見ても、マダムの存在は高級な女性美の極致というべきであり、ホテルの佇まいに花を添えるものだった。

 マダム・ボーモンがホテルに来てから3日目に、ハロルド・ファリントンという青年が到着して泊まり客となった。

 端整な顔立ち。服装はさりげなく流行に合わせている。振舞ぜんたいに余裕がうかがえる。……

 ほんの1日で、青年はホテルに溶け込んだ。

 

 青年が来た翌日のこと、ディナーを終えて出ようとしたマダム・ボーモンがハンカチを落とした。拾ったのは、(もちろん)ハロルド・ファリントンである。

 ブロードウエーの、理想郷のようなホテルでひと夏の恋が始まる…。

 

 しかし、そこはO・ヘンリーである。

 しっかりと上質なオチが用意されている。これを読んだすべての人が幸せに感じるようなオチである。

 

★★★

 

◆収録短篇集 『賢者の贈りもの ~O・ヘンリー傑作選 Ⅰ~』 について

賢者の贈りもの―O・ヘンリー傑作選I―(新潮文庫)

賢者の贈りもの―O・ヘンリー傑作選I―(新潮文庫)

 

 小川高義による新訳版。

 「賢者の贈りもの」「春はアラカルト」「ハーグレーヴズの一人二役」「二十年後」「理想郷の短期滞在客」「巡査と讃美歌」「水車のある教会」「手入れのよいランプ」「千ドル」「黒鷲の通過」「緑のドア」「いそがしいブローカーのロマンス」「赤い酋長の身代金」「伯爵と婚礼の客」「この世は相見互い」「車を待たせて」の、全16篇を収録。

 「赤い酋長の身代金」は、コメディの傑作。「巡査と讃美歌」も、O・ヘンリーらしい苦いラストが素晴らしい。

 

◆こちらもおすすめ

◇『最後のひと葉 ~O・ヘンリー傑作選 Ⅱ~』

最後のひと葉―O・ヘンリー傑作選II―(新潮文庫)

最後のひと葉―O・ヘンリー傑作選II―(新潮文庫)

 

 小川高義新訳シリーズの2冊目。

 名作「最後のひと葉」のほか、「騎士の道」「金銭の神、恋の天使」「ブラックジャックの契約人」「芝居は人生だ」「心と手」「高らかな響き」「ピミエンタのパンケーキ」「探偵探知機」「ユーモリストの告白」「感謝祭の二人の紳士」「ある都市のレポート」「金のかかる恋人」「更生の再生」の、全14篇を収録。

 「心と手」は、わずか5頁。ショートショートの見本のような見事な作品。

 「ある都市のレポート」も、南北戦争後のアメリカの姿を描いて心打つ名品。

 

 

◇『魔が差したパン ~O・ヘンリー傑作選 Ⅲ~』

魔が差したパン―O・ヘンリー傑作選III―(新潮文庫)

魔が差したパン―O・ヘンリー傑作選III―(新潮文庫)

 

 小川高義新訳シリーズの3冊目。

 「魔が差したパン」「ブラック・ビルの雲隠れ」「未完の物語」「にせ医者ジェフ・ピーターズ」「アイキーの惚れ薬」「人生ぐるぐる」「使い走り」「一ドルの価値」「第三の材料」「王女のとピューマ」「貸部屋、備品あり」「マジソン・スクエアのアラビアンナイト」「都会の敗北」「荒野の王子さま」「紫のドレス」「新聞の物語」「シャルルロワルネサンス」の、全17篇収録。

 

 

◇『O・ヘンリー ニューヨーク小説集 / 青山南・他訳』 (ちくま文庫

O・ヘンリー ニューヨーク小説集 (ちくま文庫)

O・ヘンリー ニューヨーク小説集 (ちくま文庫)

 

 O・ヘンリーと言えばニューヨーク。数多い作品のなかから、ニューヨークが舞台の作品をセレクトした短編集。

 「魔女のさしいれ」「伝えてくれ」「二十年後に」「振り子」「春のアラカルト」「天窓の部屋」「芝居より劇的」「吾輩は駄犬である」「千ドル」「多忙な株式仲買人のロマンス」「伯爵と結婚式の客」「詩人と農夫」「あさましい恋人」「ティルディの短いデビュー」「ひとときの理想郷」「すべてが備えつけの部屋」「ハーレムの悲劇」「車を待たせて」「マディソン・スクエア千夜一夜物語」「マーティン・バーニィの変心」「整えられたともし火」の、全21篇を収録。

 新潮文庫のシリーズとダブってないのは、「振り子」「天窓の部屋」「吾輩は駄犬である」「詩人と農夫」「ティルディの短いデビュー」「ハーレムの悲劇」「マーティン・バーニィの変心」の7篇。

 作品の舞台となった20世紀初めのニューヨークの写真や、街の風景を描いた絵画などがたくさん載っていて、それも楽しい1冊。

 

 

◇『「最後の一葉」はこうして生まれた ~O・ヘンリーの知られざる生涯~ / 齊藤昇』(角川書店

 日本では珍しいO・ヘンリーの評伝。かれの謎に満ちた生涯と、その代表作の解説がコンパクトにまとめられている。