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短編小説パラダイス #7 / アンブローズ・ビアスの『アウルクリーク橋の出来事』

 

タイトル : アウルクリーク橋の出来事

著者 : アンブローズ・ビアス

収録短編集 : 『アウルクリーク橋の出来事 / 豹の眼』

訳者 : 小川高義

出版社 : 光文社 / 新訳古典文庫

アウルクリーク橋の出来事/豹の眼 (光文社古典新訳文庫)
 

 アンブローズ・ビアスは、アメリカ文学を代表する短編作家のひとり。1842年に生まれ、1913アメリカ南部の古戦場を巡る旅に出て、内線下のメキシコに入ったあと消息不明となった。

 作品のほとんどに南北戦争時の従軍体験が暗い影を落としている。

 「アウルクリーク橋の出来事」は、ビアスの代表作であるだけでなく、アメリカ文学史の中でも常に上位にランクされる名作である。

 では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 鉄橋に立つ男がいた。橋はアラバマ州北部の川にかかり、六メートルほど見下ろす水の流れが速い。男は背中にまわした手首を縛られ、首には縄をきつく巻かれていた。

 

 男の名前は、ペイトン・ファーカー。アラバマの旧家の出で、三十半ば、農園の経営者である。何人かの奴隷を所有しており、南軍の支持者でもある。

 ペイトンは、北軍の兵士によって今まさに処刑されようとしていた。

 

 何日か前のある晩、馬に乗った兵士がペイトンの地所を通りかかり、一杯の水を求めた。兵士は、グレーの軍服を着ていた。つまり南軍の兵士である。

 ペイトンは、兵士との会話のなかで、ちかくのアウルクリーク橋を焼き落とす提案をする。

 しかし、兵士はじつは北軍の偵察兵だったのである。ペイトンは捕らえられ絞首刑に処せられることになった。

 

 男は閉じていた目を開けて、ふたたび眼下の川を見た。「もし手が自由になれば」という考えが浮かぶ。「首の縄を振りほどいて、川へ飛び込むこともできるだろう。水にもぐってしまえば、鉄砲の弾を逃れることだってできるかもしれない。必死に泳いで、向こう岸へ上がって、すぐ森に隠れたら、家まで帰れるのではないか。

 

 だが、ペイトンの願いもむなしく、処刑は執行される。

 

すると、あまりにも突然に、大きな水音がして、まわりの光が飛び上がった。すさまじい轟音が耳の中で渦巻く。ただ冷たく暗かった。

 思考力が戻った。縄が切れたのだろう。

 

 

 川に落ちたペイトンは、両手首の縛めを解き、必死で逃亡を図る。上から撃ち込まれる銃弾を逃れ、森に這い込むと、愛する妻子が待つ家に向かってひたすら歩き続ける…。

 

 衝撃のラストに、読後しばらく茫然とするほどの傑作。

 

 

★★★

 

 

収録短編集 『アウルクリーク橋の出来事 / 豹の眼』 について

アウルクリーク橋の出来事/豹の眼 (光文社古典新訳文庫)
 

 小川高義訳による、光文社新訳古典文庫1冊。

 収録作品は、「アウルクリーク橋の出来事」「良心の物語」「夏の一夜」「死の診断」「板張りの窓」「豹の眼」「シロップの壺」「壁の向こう」「ジョン・モートンソンの葬儀」「幽霊なるもの」「レサカにて戦士」「チカモーガの戦い」「幼い放浪者」「月明かりの道」の14編。

  

 筒井康隆は、「短編小説講義」(岩波新書)のなかで、「アウルクリーク橋の出来事」は傑作だが、ほかはレベルが落ちると書いている。しかし、レベルが落ちると言っても、つまらないわけではない。奇跡のような傑作と比べればイマイチかもしれないが、駄作は少ない。

 

 

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ビアス短篇集 / 大津栄一郎訳』(岩波文庫

ビアス短篇集 (岩波文庫)

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 収録作品は、「月明かりの道」「板張りの窓」「死骸の見張り番」「環境が肝心」「男と蛇」「アウル・クリーク鉄橋での出来事」「チカモーガの戦場で」「宙を飛ぶ騎馬兵」「哲学者パーカー・アダソン」「行方不明者のひとり」「とどめのひと突き」「ぼくの快心の殺人」「猫の船荷」「不完全燃焼「犬油」「底なしの墓」の、全15編。

 訳者による解説が詳しい。

 

 

『孤絶の風刺家 アンブローズ・ビアス / 西川正身』(新潮社 / 新潮選書)

 かなり詳細な伝記。章立てが細かくて(全26章)、すいすい読める。

 彼の身辺に近づいた人の10人近くが、ビアスが行方不明になったあと自殺していると言うのを、この本で知った。自殺の原因はそれぞれで、直接ビアスには関係ないのだが、やはり不気味な感じがする。いかにもビアスらしいエピソードである。

 

 

『壜の中の手記 / ジェラルド・カーシュ西崎憲・他訳)』(角川文庫)

壜の中の手記 (角川文庫)

壜の中の手記 (角川文庫)

 

 表題作の「壜の中の手記」がビアスの失踪を題材にしている。カーシュはこの短編でエドガー賞(短編賞)を受賞。

 ほかにも「豚の島の女王」「凍れる美女」など、異色作がぎっしりと詰まった名短篇集である。

 

 

『世界文学全集Ⅱ-08 / パタゴニア / 老いぼれグリンゴ』(河出書房新社

パタゴニア/老いぼれグリンゴ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-8)

パタゴニア/老いぼれグリンゴ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 2-8)

 

 カルロス・フェンテスの名作「老いぼれグリンゴ」の主人公は、祖国アメリカに絶望してメキシコにやって来たアンブローズ・ビアスである。

 動乱期のメキシコを舞台に、ビアス、ハリエット(新しい人生を求めてアメリカから来た若き家庭教師)、アローヨ将軍(成り上がりの革命戦士)の3人が織りなす濃密な物語。

 グレゴリー・ペックジェーン・フォンダ主演で映画化もされている(邦題は「私が愛したグリンゴ」)。