タイトル :黒い玉
著者 : トーマス・オーウェン
収録短篇集 : 『黒い玉 ~十四の不気味な物語~』
訳者 : 加藤尚宏
出版社 : 創元推理文庫
トマス・オーウェン (1910 – 2002) は、ベルギーの幻想作家。経済界の重鎮としても活躍した。
「黒い玉」は、オーウェンの代表作のひとつ。読後、じわじわと怖くなる。
では、あらすじを。
★★★
夕暮れどき、川沿いの寂れたホテルの一室。
旅の疲れから、ベッドに横になり、しばしうたたねをしたネッテスハイムは、目覚めると部屋の明かりをつけた。
明かりがついた瞬間、ほんのちょっとしたことが起った。取るに足りないほどのことだったが、しかしそれでも、まるでこれを合図に外の世界と突然断絶が起ったかのように、それまでとは違った新しい雰囲気が部屋の中に生じた
くすんだ色の小さな毛玉によく似た柔らかくふわふわしたものが、純白の軽い羽毛布団から出て、青いビロードの大きなクラブチェアの下に転がり込んだのだ。
ネッテスハイムは、この毛玉を捕らえることに夢中になる。
毛玉は臆病ですばしっこく、なかなか捕まえることができない。正体も判然としないのである。かれは、ステッキを手に、家具の下などを懸命になってひっかき回した。そして…
こんなことをしても無駄だと思い始めた矢先、突然、毛の生えた膜質の玉が隠れ処から跳び出し、ベッドの上に跳びのり、彼をじっと見つめた。そうなのだ、あまりの異様さに彼は呆然と立ちすくんだが、この得体のしれない毛玉の中心に光った目が見えたのだ。
いったい、この毛玉の正体はなんなのか?
ネッテスハイムは、狂ったようにステッキを振り回すが、毛玉は信じられないほどの敏捷さで、右へ左へ跳んで逃げる。
ネッテスハイムは次第に息が切れ、力が尽きてきた。とうとう、心臓が苦しくなり、肘掛椅子に倒れ込んだ。初めから彼は、〈ちょっとしたこと〉ではない気がしていたのだ。今や彼は、この不可解な出来事の前に、自分の無力さ加減を悟っていた。
このあと、疲れ果てたネッテスハイムの上に、信じられないような恐怖が降りかかる…。
★★★
◆収録短編集 『黒い玉』 について
表題作の他、「雨の中の娘」「公園」「旅の男」など、200頁ちょっとの本に14篇収録。平均すると1篇16頁くらいで、どれも短い。にもかかわらず、あまり短さを感じさせず、どの作品も読みごたえがある。
◆こちらもおすすめ
◇『青い蛇』(創元推理文庫)
『黒い玉』の姉妹編。『黒い玉』に比べると、幻想味の強い作品が並んでいる。平たく言うと、一読しただけでは判りにくいものが多い。
しかし(解説にも書かれているが)、作者によって知らないところまで連れていかれて、そのまま放置される感覚は、『青い蛇』の方がかなり強いので、そういう作品が好きな人にはおすすめ。
わずか3頁の小品ながら、強烈な印象を残す表題作など、全16編収録。
◇『死都ブルージュ / ローデンバック / 窪田般彌 訳』(岩波書店 / 文庫)
19世紀末を生きたベルギーの作家、ローデンバックの名作。
愛する妻をうしなって悲嘆にくれるユーグ・ヴィアーヌが、灰色の都ブルージュで、妻と瓜二つの女ジャーヌに出会う。そこから悲劇が幕を開ける。
挿入された写真が、美しい文章以上に素晴らしい効果をあげている。
現在のブルージュは、ベルギーを代表する観光都市。写真を見ると、まるでおとぎの国で、「死都」などというイメージは皆無。