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短編小説パラダイス #14 / 能島廉(のしま・れん)の『競輪必勝法』

 

タイトル : 競輪必勝法

著者 : 能島 廉 (のしま・れん)

収録短編集 : 『全集・現代文学の発見・別巻 / 孤独のたたかい』

出版社 : 學藝書林

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

 

 

能島廉(1929 – 1964)は、生涯に12編ほどの短編を残し、35歳の若さで亡くなった。作品のほとんどは東京大学の同人誌『新思潮』に発表されている。ちなみに同人には、三浦朱門阪田寛夫曽野綾子有吉佐和子、梶山俊之、阿川弘之らがいる。

小学館の学習雑誌で編集長を務めながらも、酒とギャンブル(競輪)に溺れる日々を過ごし、やがて体を壊して小学館を退社。その後もギャンブルをやめることはなく、それがたたって死去。

「競輪必勝法」は、著者の遺作。

酒と競輪と女に溺れる日常を描いて、間然するところのない傑作である。

 

では、あらすじを。

 

 

 

★★★

 

 

著者と同い年の従兄弟、橋本良雄は競輪選手である。

著者が東大を卒業し、出版社に就職し、正月休みに帰省したときに、小学校の同級生がママをしているバーで久しぶりに会う。

 

肩でドアを押して入ってみると、そこに背中を見せていたのが良雄だった。ふりかえって、まぶしそうに目を細める癖で、こちらを見た。私には、すぐにわかった。向こうもわかったらしいので隣りに腰を下ろした。(中略)話していて、何か隔てるものがあった。子供の頃、一緒に魚つりや泳ぎに行ったような具合に行かないことは、わかっているが、それだけでない、何かが、あった。私の方には、対手が競輪選手であるということだけで、優者の遠慮のようなものがあった。良雄の方は、それを感じて、鬱陶しそうだった。酒をコップでぐいぐい飲んでいた。

 

著者は東大出で出版者勤務の、いわばエリート。一方の良雄は、当時は社会的地位の低かった競輪選手。ふたりの間には、その地位の差に関する微かなわだかまりがあったのである。

そのときの著者は、競輪にはたいして関心はなかったのだが、その後、徐々に競輪にハマっていく。

 

競輪は、やればやる程面白かった。選手の一人一人の名前と、出身地と、脚質と、上りのハロン・タイムを憶え、さらに見たことのある一つ一つのレース展開を頭の中へ叩きこみ、次の車券戦術の参考にしたが、たとえ同じ九人の選手が走ったとしても同じような展開には決してならないだろう。実に、千変万化、つかみどころがなかった。たまに敵中して、三百円でも取れれば、それは決して偶然の幸運の結果ではなく、私の日頃の研究と的確なる決断の賜であったし、取られれば取られたで、八百長ではないかと疑い、負けた選手の弱さと、レース勘の鈍さを恨み、レース展開に対する自分の読みの不足を悔やんで、迷いに迷い、その迷いの前には、あらゆる思慮分別というものは、実に無力であった。そして、全レースが終わり、はじめて我にかえってみると、やり場のない憤懣に口をへの字にまげ、はずれ車券とよれよれになった予想新聞が砂塵に巻く中を、踵のちびた靴をひきずって帰っているのであった。

 

著者が、競輪にのめり込むにつれて、橋本良雄との仲も繋がっていく。

良雄が関東に遠征にきたときには、会社をさぼって出かけ、良雄がらみの車券を買う。レースが終われば、ふたりで酒を飲んだ。

良雄は、デビュー当初は強い選手でA級にも選ばれていたが、酒の影響もあって徐々に力をなくして行く。

著者も、競輪狂いが会社で問題となり、同期との出世争いからは完全に脱落し、編集の仕事から資料部などの閑職に追いやられる。

付き合っていた女にも競輪場通いを理由に愛想をつかされるが、それでも競輪から離れることはできず、少しでも金ができれば競輪場に通う毎日が続く。

 

しかし、私は考えた。おれにも何かがあるはずだ。(中略)そして、おれには、どういう何かがあるだろうと、考えた。いくら考えても、九年間あらゆるものを放擲して競輪に夢中になったこと以外、思い浮かばなかった。

 

いっぽう良雄は、バーのママと結婚し、A級からB級に落ちてもまだ頑張っていた。愚痴を言いながらも、なんとか金を貯めて、将来はアパート経営で食べていくと夢を語るのだった。

著者にも変化が訪れる。友人に紹介された女と同棲を始めたのである。ちょっと変わった女で、著者の競輪通いにも目くじらをたてないのだ。

 

 …私は競輪へ行くのに、何の遠慮もいらなくなった。うちに帰れば、サービスしてくれる人はいるし、大きな顔をして、競輪には行けるし、極めて快適な生活であった。「このまま、結婚しちゃおうかな」とも思った。

 

しかし、幸福な瞬間もすぐに過ぎ去る。

ふたりの生活の上に、著者の競輪通いが重くのしかかって来るのである…。

 

 

★★★

 

 

◆収録短編集 『 全集・現代文学の発見・別巻 / 孤独のたたかい 』 について

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

 

 

『全集・現代文学の発見』は、1960年代に出た全集(全17巻)で、各巻にその巻を表すタイトル(“最初の衝撃”、“方法の実験”、“革命と転向”など)がついている。そのタイトルに、当時の文学状況などが色濃くにじんでいる。

長らく絶版だったが、2006年に新装版が出た。

 

「競輪必勝法」が収められているのは、「別巻・孤独のたたかい」。

収録作品には、「阿修羅王 / 浅井美英子」(芥川賞候補作)、「曠野の記録 / 堺誠一郎」(戦後沈黙したプロレタリア作家の代表作)、「ロッダム号の船長 / 竹之内静雄」(芥川候補作、著者は筑摩書房2代目社長)、「機械と太鼓 / 北田玲一郎」(主人公はパチプロ)など、今では読むことが難しい作品が揃っている。

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『駒込蓬莱町 / 能島廉』(集英社

 

没後に出版された遺作集。

収録作品は、「蝦蟹」「塵」「最後の審判」「未解決」「辞職届」「服装について」「駒込蓬莱町」「競輪必勝法」の全8編。

なかでは、やはり「競輪必勝法」が群を抜いて面白い。

 

メジャーな出版社から出ているにもかかわらず手に入れるのが難しい。なぜか図書館にもほとんど所蔵されていない。

 

 

◇『side B / 佐藤正午』(小学館

side B

side B

 

 

競輪と言えば、佐藤正午佐藤正午と言えば、競輪である。

競輪の専門雑誌などに連載していたものを1冊にまとめたエッセイ集。とうぜんすべて競輪の話しである。なので、競輪に詳しくない人や、そもそも競輪にまったく興味のない人には面白くもなんともない本ではある。

 

 

◇『きみは誤解している / 佐藤正午』(小学館 / 文庫)

きみは誤解している

きみは誤解している

 

 

競輪と言えば、佐藤正午佐藤正午と言えば、恋愛小説である。これは、競輪を題材にして、男女の機微を描いた短編集。

収録作品は、「きみは誤解している」「遠くへ」「この退屈な人生」「女房はくれてやる」「うんと言ってくれ」「人間の屑」の6編。

最後に、この短編集ができたいきさつと競輪用語の解説をかねた「付録」が付く。

 

さらに、文庫化に伴って、「付録」に登場する岩波書店の編集者の一文が解説として付いているが、これがすごく面白い。「付録」で佐藤正午が書いた、この短編集ができたいきさつのほとんどが“嘘”だとばらしていて、いかにも佐藤正午らしいエピソードだなあと感心した。

ちなみに、このときの編集者との約束が、後に直木賞受賞作の『月の満ち欠け』につながっていくのである。

 

 

◇『高原永伍、「逃げて」生きた! / 最相葉月』(徳間書店

 

伝説の競輪選手、“逃げの神様”高原永伍を追いかけたノンフィクション。

高原は、関係団体から引退を示唆されても固辞して、1994年まで現役を続けた。戦法は「逃げ」のみ。この本が出たときには、まだB級で走っていた。

最相葉月のデビュー作でもある。