単純な生活

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短編小説パラダイス #17 / 小山清の『落穂拾い』

タイトル : 落穂拾い

著者 : 小山清

収録短編集 : 『落穂拾い・犬の生活』

出版社 : 筑摩書房 / 文庫

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

 

 

小山清(1911 – 1965)は、東京浅草に生まれ育った小説家。1940年に太宰治を訪ねて、それ以後師事するが、小説家となったのは太宰の死後である。

芥川賞候補に3度なるが(第26回、27回、30回)、いずれも受賞は逃している。

1958年に脳血栓から失語症となっているので、作家としての活動はわずか数年である。その短い作家生活の間に、ちいさな宝石のような作品をいくつか残した。

「落穂拾い」も、そんな作品のひとつ。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

語り手の“僕”は、武蔵野市の片隅に住み、小説を書いている。毎日、本を読んだり散歩をしてりしているうちに日が暮れてしまう。

誰とも交わることもなく、ひとり静かに生きている。

そんな“僕”が、日常から掬い取って来た風景が、スケッチ画のように語られていく。

 

隣に住む読書好きの青年のこと(会話を交わしたことはない)、よく立ち寄る「焼き芋屋」の婆さんのこと(世間話などしない)、むかし夕張炭鉱で一緒に働いていたF君の話、神楽坂の夜店でみた似顔絵描きの話、などなど。

誰とも交流せずに生きている“僕”の孤独が、じわりと伝わって来る。

 

 僕は一日中誰とも言葉を交わさずにしまうことがある。日が暮れると、なんにもしないくせに僕は疲れている。一日だけのエネルギーがやはりつかい果たされるのだろう。額に箍(たが)をしめられたような気分で、そしてふと気がつく。ああ、今日も誰とも口をきかなかったと。これはよくない。きっと僕は浮腫(むく)んだような顔をしているに違いない。誰とでもいい。そしてふたこと、みことでいいのだ。たとえばお天気の話などでも。それはほんの一寸した精神の排泄作用に属することなのだから。

 

 

やがて“僕”は、ひとりの少女と知り合い、口をきくようになる。

少女は、駅の近くて「緑陰書房」という小さな古本屋を商っていて、そこで“僕”はよく均一本を買うのである。

“僕”が小説を書いていることを知った少女は、“僕”にむかってこう言うのだ。

「わたし、おじさんを声援するわ」

 

最初から最後まで、爽やかな風が吹いているような小説である。

冒頭で、《誰かに贈物をするような心で書けたらなあ》という一文があるが、まさにそういう、贈物のような小説である。

最後まで読んでから、冒頭の一文に戻ると、著者の孤独に気づかされ、少し気持ちがうなだれる。

 

 

 

◆収録短編集 『落穂拾い・犬の生活』 について

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

 

 

第1作品集の『落穂拾い』と、第3作品集『犬の生活』を合わせたもの。収録作品は以下の通り。

 

『落穂拾い』

「わが師への書」「聖アンデルセン」「落穂拾い」」「夕張の宿」「朴歯の下駄」「安い頭」「桜林」

 

『犬の生活』

「犬の生活」「早春」「前途なお」「西隣塾記」「生い立ちの記」「遁走」「その人」「メフィスト

 

解説を、『ビブリア古書堂』シリーズで、小山清再評価のきっかけを作った三上延が書いている。

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『日日の麺麭・風貌 / 小山清』(講談社文芸文庫

 

収録作品は、「落穂拾い」「 朴歯の下駄」「桜林」「おじさんの話」「日日の麺麭」「聖家族」「栞」「老人と鳩」「老人と孤独な娘」「風貌 ― 太宰治のこと」「井伏鱒二によせて」の全11編。

いずれも面白いが、なかでも、太宰治を追悼した「風貌」が絶品。

「老人と鳩」と「老人と孤独な娘」は、著者が、失語症を患いながら書き上げた作品。一文一文を吐き出すような、息の短い文章で綴られている。

 

 

◇『小さな町 / 小山清』(みすず書房

小さな町 (大人の本棚)

小さな町 (大人の本棚)

 

 

小山清の第二創作集。

収録作品は、「小さな町」「をぢさんの話」「西郷さん」「離合」「彼女」「よきサマリア人」「道連れ」「雪の宿」「与五さんと太郎さん」「夕張の春」の、全10編。

著者が、新聞配達をして戦前の数年間を暮した下谷竜禅寺町、炭鉱夫として暮らした夕張の町のことを静かに語る。

解説は、堀江敏幸

 

 

◇『ビブリア古書堂の事件手帖 1 / 三上延』()

 

 

小山清再評価のきっかけになった連作ミステリー短編集の第1巻。

鎌倉の片隅でひっそりと営業している古書店「ビブリア古書堂」。持ち込まれる古書とそれにまつわる謎を、若き店主栞子さんが解き明かす。

 

第1巻で扱う本は、「夏目漱石全集・新書版」「落穂拾い・聖アンデルセン / 小山清」「論理学入門 / ヴィノグラードフ・クジミン」「晩年 / 太宰治」の4冊。

第1巻を読むと、残りの巻も必ず読みたくなる。

 

 

◇『市井作家列伝 / 鈴木地蔵』(右文書院)

市井作家列伝

市井作家列伝

 

 

著者の愛する私小説家たちの生涯と、作品の魅力を語ったエッセイ集。

とりあげている作家は、木山捷平川崎長太郎、古木鐵太郎、小山清など16人。文学全集などでは他の作家との合集、あるいは名作集に1編か2編入るような、いわゆる“マイナー・ポエット”と言われる作家ばかりである。

「文游」という同人誌に連載していたものをまとめた本だが、同人誌レベルの文章ではない。