タイトル : 落穂拾い
著者 : 小山清
収録短編集 : 『落穂拾い・犬の生活』
出版社 : 筑摩書房 / 文庫
小山清(1911 – 1965)は、東京浅草に生まれ育った小説家。1940年に太宰治を訪ねて、それ以後師事するが、小説家となったのは太宰の死後である。
芥川賞候補に3度なるが(第26回、27回、30回)、いずれも受賞は逃している。
1958年に脳血栓から失語症となっているので、作家としての活動はわずか数年である。その短い作家生活の間に、ちいさな宝石のような作品をいくつか残した。
「落穂拾い」も、そんな作品のひとつ。
では、あらすじを。
★★★
語り手の“僕”は、武蔵野市の片隅に住み、小説を書いている。毎日、本を読んだり散歩をしてりしているうちに日が暮れてしまう。
誰とも交わることもなく、ひとり静かに生きている。
そんな“僕”が、日常から掬い取って来た風景が、スケッチ画のように語られていく。
隣に住む読書好きの青年のこと(会話を交わしたことはない)、よく立ち寄る「焼き芋屋」の婆さんのこと(世間話などしない)、むかし夕張炭鉱で一緒に働いていたF君の話、神楽坂の夜店でみた似顔絵描きの話、などなど。
誰とも交流せずに生きている“僕”の孤独が、じわりと伝わって来る。
僕は一日中誰とも言葉を交わさずにしまうことがある。日が暮れると、なんにもしないくせに僕は疲れている。一日だけのエネルギーがやはりつかい果たされるのだろう。額に箍(たが)をしめられたような気分で、そしてふと気がつく。ああ、今日も誰とも口をきかなかったと。これはよくない。きっと僕は浮腫(むく)んだような顔をしているに違いない。誰とでもいい。そしてふたこと、みことでいいのだ。たとえばお天気の話などでも。それはほんの一寸した精神の排泄作用に属することなのだから。
やがて“僕”は、ひとりの少女と知り合い、口をきくようになる。
少女は、駅の近くて「緑陰書房」という小さな古本屋を商っていて、そこで“僕”はよく均一本を買うのである。
“僕”が小説を書いていることを知った少女は、“僕”にむかってこう言うのだ。
「わたし、おじさんを声援するわ」
最初から最後まで、爽やかな風が吹いているような小説である。
冒頭で、《誰かに贈物をするような心で書けたらなあ》という一文があるが、まさにそういう、贈物のような小説である。
最後まで読んでから、冒頭の一文に戻ると、著者の孤独に気づかされ、少し気持ちがうなだれる。
◆収録短編集 『落穂拾い・犬の生活』 について
第1作品集の『落穂拾い』と、第3作品集『犬の生活』を合わせたもの。収録作品は以下の通り。
『落穂拾い』
「わが師への書」「聖アンデルセン」「落穂拾い」」「夕張の宿」「朴歯の下駄」「安い頭」「桜林」
『犬の生活』
「犬の生活」「早春」「前途なお」「西隣塾記」「生い立ちの記」「遁走」「その人」「メフィスト」
解説を、『ビブリア古書堂』シリーズで、小山清再評価のきっかけを作った三上延が書いている。
◆こちらもおすすめ
収録作品は、「落穂拾い」「 朴歯の下駄」「桜林」「おじさんの話」「日日の麺麭」「聖家族」「栞」「老人と鳩」「老人と孤独な娘」「風貌 ― 太宰治のこと」「井伏鱒二によせて」の全11編。
いずれも面白いが、なかでも、太宰治を追悼した「風貌」が絶品。
「老人と鳩」と「老人と孤独な娘」は、著者が、失語症を患いながら書き上げた作品。一文一文を吐き出すような、息の短い文章で綴られている。
小山清の第二創作集。
収録作品は、「小さな町」「をぢさんの話」「西郷さん」「離合」「彼女」「よきサマリア人」「道連れ」「雪の宿」「与五さんと太郎さん」「夕張の春」の、全10編。
著者が、新聞配達をして戦前の数年間を暮した下谷竜禅寺町、炭鉱夫として暮らした夕張の町のことを静かに語る。
解説は、堀江敏幸。
◇『ビブリア古書堂の事件手帖 1 / 三上延』()
ビブリア古書堂の事件手帖 〜栞子さんと奇妙な客人たち〜 (角川つばさ文庫)
- 作者: 三上延,越島はぐ
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2016/08/15
- メディア: 単行本
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【合本版】ビブリア古書堂の事件手帖 全7巻【電子特別版】 (メディアワークス文庫)
- 作者: 三上延
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / アスキー・メディアワークス
- 発売日: 2018/09/22
- メディア: Kindle版
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小山清再評価のきっかけになった連作ミステリー短編集の第1巻。
鎌倉の片隅でひっそりと営業している古書店「ビブリア古書堂」。持ち込まれる古書とそれにまつわる謎を、若き店主栞子さんが解き明かす。
第1巻で扱う本は、「夏目漱石全集・新書版」「落穂拾い・聖アンデルセン / 小山清」「論理学入門 / ヴィノグラードフ・クジミン」「晩年 / 太宰治」の4冊。
第1巻を読むと、残りの巻も必ず読みたくなる。
◇『市井作家列伝 / 鈴木地蔵』(右文書院)
著者の愛する私小説家たちの生涯と、作品の魅力を語ったエッセイ集。
とりあげている作家は、木山捷平、川崎長太郎、古木鐵太郎、小山清など16人。文学全集などでは他の作家との合集、あるいは名作集に1編か2編入るような、いわゆる“マイナー・ポエット”と言われる作家ばかりである。
「文游」という同人誌に連載していたものをまとめた本だが、同人誌レベルの文章ではない。