タイトル : トワーヌ
著者 : ギ・ド・モーパッサン
収録短編集 : 『モーパッサン短編集 Ⅰ』
訳者 : 青柳瑞穂
出版社 : 新潮社 / 文庫
モーパッサンの短編には悲惨な結末のものが多いが、コミカルな作品もけっこう多いのである。
「トワーヌ」は、モーパッサンの書いたコントのなかでも傑作のひとつ。おどろくほどくだらない話しなのだが、おどろくほど面白い。
では、あらすじを。
★★★
風曲(かぜまがり)村の居酒屋の亭主トワーヌは、その地区でいちばんのデブ男で、おまけに大酒のみだった。客にブランデーを勧めて、ついでに自分もご相伴にあずかり、ぐいぐい飲んでしまう。達者な口で冗談を喋り続ける。陽気な男なので、客のウケはすこぶる良い。
しかし、女房のウケはひじょうに悪い。
これが生まれつき不機嫌な女で、これまで何につけても不満でとおしてきた。世界じゅうを相手に腹をたてているが、とりわけ、自分の亭主に根をもっている。亭主が気さくで、有名で、壮健で、肥満であることが、しゃくにさわってならないのである。亭主が遊んでいて金をもうけるからと言いて、やくざ者あつかいにする。亭主が普通人の十人前くらい飲み食いするからと言って、穀つぶし呼ばわりする。この女房ががみがみどならずに日の暮れたためしは一日としてなかった。
女房は、亭主の肥満した腹を指さしては、「その布袋腹め、米袋みたいに、はりさけるから!」と叫ぶのだった。しかし、トワーヌは、ぽんぽんとお腹をたたいて、げらげら笑うだけ。相変わらず、飲んで食べて、冗談を言って、飲み仲間と騒ぎ続けるのだった。
しかし、ついにその日はやって来た…。
トワーヌは、卒中でぶっ倒れたのだ。
半身不随で、店とは仕切りひとつで隔てられた部屋に寝かされた。
それでも、彼はあいもかわらず陽気だった。陽気だといっても、今度はすこしようすがちがって、前よりも臆病で、内気なところがある。日がな一日、わめきたてる女房の前で、小さな子供のようにおずおずしている。
「それ見やがれ、でぶの穀つぶしめが、それ見やがれ、やくざ者めが、のらくら者めが! でぶの酒くらいめ! なんてざまだ! こりゃ、なんてざまだ!」
亭主はもう口答えしなかった。
さて、トワーヌの悪友のひとりが冗談で言った一言から、前代未聞の騒動が始まる。
近隣の住民は、その騒動を一目見ようとトワーヌの家に押しかけ、彼はまた有名人になるのだった…。
どんなことが起きたのかは、ここでは書かない。
しかし、まあ、こんなくだらないことをよく思いつくなあ。
◆収録短編集 『モーパッサン短編集 Ⅰ』 について
訳者は青柳瑞穂。
モーパッサンが、その短い生涯に残した短編の数は360編あまり。そこから代表作65編を選び、テーマごとに3冊に分けた作品集の第1巻。
第1巻の収録作品は、「トワーヌ」「酒樽」「田舎娘のはなし」「ベロムとっさんのけだもの」「紐」「アンドレの災難」「奇策」「目ざめ」「木靴」「帰郷」「牧歌」「旅路」「アマブルじいさん」「悲恋」「未亡人」「クロシェート」「幸福」「椅子なおしの女」「ジュール叔父」「洗礼」「海上悲話」「田園悲話」「ピエロ」「老人」の全24編。
主に、モーパッサンが生まれ育ったノルマンディー地方の農村と農夫の生活を描いている。
◆こちらもおすすめ
◇『モーパッサン短篇選 / 高山鉄男・編訳』(岩波書店 / 文庫)
収録作品は、「水の上」「シモンのパパ」「椅子直しの女」「田園秘話」「メヌエット」「二人の友」「旅路」「ジュール叔父」「初雪」「首飾り」「ソヴァージュばあさん」「帰郷」「マドモワゼル・ペルル」「山の宿」「小作人」の全15編。
有名なのは、「ジュール叔父」と「首飾り」だが、「二人の友」「ソヴァージュばあさん」の2作も戦争の悲惨さを描いて深い余韻を残す。
◇『モーパッサン短篇集 / 山田登世子・編訳』(筑摩書房 / 文庫)
- 作者: ギ・ドモーパッサン,Guy de Maupassant,山田登世子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2009/10/07
- メディア: 文庫
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収録作品は、「みれん」「ざんげ」「ジュールおじさん」「ミス・ハリエット」「首飾り」「旅にて」「森のなか」「逢いびき」「オンドリが鳴いたのよ」「ピクニック」「宝石」「男爵夫人」「めぐりあい」「水の上」「死せる女」「亡霊」「眠り椅子」「死者のかたわらで」「髪」「夜」の、全20編。
岩波文庫版と比べると戦争ものが1編も入っておらず、かわりに岩波版より怪奇ものが多い。とくに最後の「夜」は凄い。