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短編小説パラダイス #21 / 三田村信行・佐々木マキの『おとうさんがいっぱい』

 

タイトル : おとうさんがいっぱい

著者 : 三田村信行佐々木マキ

収録短編集 : 『おとうさんがいっぱい』

出版社 : 理論社 / フォア文庫

おとうさんがいっぱい (フォア文庫)

おとうさんがいっぱい (フォア文庫)

 

 

三田村信行(みたむら・のぶゆき 1939 - )は、多数の著作がある児童文学者。

「おとうさんがいっぱい」は代表作のひとつ。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

 

夕暮れどき、トシオが電話を取ると、聞きなれたおとうさんの声が聞こえてきた。帰りが少し遅くなるので、ママにそう言っといてくれと伝言を頼まれる。

受話器を置いてから、トシオは急に足がすくんだようになる。

おとうさんは、すでに帰ってきて、部屋でくつろいでいるのだ。きっと間違い電話に違いない。それにしても、おとうさんとそっくりの声だったが…。

 

しばらくすると、いとこのミミから悲鳴のような電話がかかって来た。

パパが3人にふえちゃったと言うのだ!

ミミの泣き声の背後からは、“おとうさんたち”の言い争う声が聞こえてくる。トシオが震えながら受話器を置いたとき、玄関の扉が開いて、別のおとうさんが入って来た…。

部屋で鉢合わせをしたおとうさんAとおとうさんBは、激しく言い争いを始める。ふたりは姿形だけでなく、記憶も何もかも同じだった。

 

「おれの頭は、どうかしたのかな。たったいま、会社から帰ってきたばかりだというのに、家にはもう、ちゃんとおれがいて、おまけにゆかたなんか着こんで、くつろいでいる。いったいこりゃあ、どういうわけなんだ?」

 「なにをぶつぶついってるんだ。きみはだれだ! だまって他人の家にあがりこむなんて、失礼じゃないか」

 「他人の家だって? じょうだんじゃない。ここはわたしの家だ。それより、きみはだれなんだ。かってにあがりこんで、わたしのゆかたなんか着こんじゃってすましているが」

 「わたしは、この家の主、トシマ・タツオだ」

 「なんだって! ばかばかしいいたずらはやめてくれ。トシマ・タツオは、わたしっきりいないはずだ」

 二人は、ぎらぎらした目でにらみあった。

 

ふたりのおとうさんの激しい言い争いに疲れたトシオは家を出て公園へ向かう。しかし、そこには3人目のおとうさんがいた…。

 

父親がふえるという奇妙な現象が起こったのは、この町だけじゃなかった。全国いたるところで同じようなさわぎがもちあがったのだ。ふえるのは父親にかぎられていた。ふえる人数は三、四人がほとんどだったが、なかには十二人もふえた家庭もあった。(中略)現象は、ほぼ一週間つづいた。それからふいに、はじまったときと同じに、ぱたりとおさまった。

 

そして、それから、増えすぎたおとうさんたちを選別する作業が始まった…。

 

ラストの1行が、めちゃくちゃ怖い。

 

 

★★★

 

 

◆収録短編集 『おとうさんがいっぱい』 について

おとうさんがいっぱい (フォア文庫)

おとうさんがいっぱい (フォア文庫)

 

 

「ゆめであいましょう」「どこへもゆけない道」「ぼくは五階で」「おとうさんがいっぱい」「かべは知っていた」の5編を収録。

いずれも日常にひそむ不思議と恐怖をテーマにしている。書店や図書館では児童書の棚に並んでいる本だが、子供に独占させるのはもったいない。大人が読んでも面白い作品ばかりである。

イラストは佐々木マキ

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『風を売る男 / 三田村信行』(PHP研究所

風を売る男 (1980年)

風を売る男 (1980年)

 

 

「声をなくした」「おとうさんの庭」「風を売る男」「とける朝」「おじさんの庭」「さよならファミリー」の6編収録。いずれも三田村信行らしい不思議に満ちている。

「さよならファミリー」だけは、両親の離婚を子供の視点から描いたシリアスな作品。

残念なことに、絶版である。

図書館か古書店で。

 

 

◇『ミラクル・ファミリー / 柏葉幸子』(講談社 / 文庫)

ミラクル・ファミリー (講談社文庫)

ミラクル・ファミリー (講談社文庫)

 

 

名作『霧のむこうのふしぎな町』(「千と千尋の神隠し」の元ネタですね)の作者による9つの物語。

「たぬき親父」「春に会う」「ミミズク図書館」「木積み村」「ザクロの木の下で」「「信用堂」の信用」「父さんのお助け神さん」「鏡よ、鏡…」「父さんの宿敵」の全9編を収録。

本のタイトル通り、家族に隠された不思議な物語を、主にお父さんが語る。

春になると川辺に座って、何かを待ち続けるお父さん(「春に会う」)。ミミズクが受付の、夜だけ開く図書館の秘密を語るお父さん(「ミミズクお父さん」)。じつはお祖父さんはたぬきだったかも知れないと語るお父さん(「たぬき親父」)。などなど…。