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短編小説パラダイス #23 / ダグ・アリンの『ライラックの香り』

 

タイトル :ライラックの香り

著者 : ダグ・アリン

収録短篇集 : 『ミステリアス・ショーケース』

訳者 : 富永和子

出版社 : 早川書房 (ポケットミステリ)

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

 

 

戦争に翻弄される一家を描いて、2011年のエドガー賞最優秀短篇賞を受賞した名作。

作者のダグ・アレンは、短篇の名手として知られている。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

舞台は1865年3月、南北戦争末期(南北戦争は1865年4月に終結する)のアメリカ、ミズーリ州

10歳になる息子とともに農場を守るポリー・マッキーのもとに、北軍の兵士たちがやって来る。と言っても、制服を着てるのはひとりだけで(騎兵隊の大尉)、あとは雇われ兵士たちである。

 

ポリーは知り合いがいることを願いながら、男達の顔を見渡し……心のなかで毒づいた。アーロン・ミーチャムが彼らと一緒だった。(中略)厄介なことになるかもしれない。

 

アーロン・ミーチャムは、戦争が始まる何年も前からカンザスで略奪や盗みを働き、奴隷廃止論を煙幕に使って強盗や人殺しや放火をごまかしてきた男である。かれは、奴隷と脱走兵を捜索する部隊に、案内役として雇われていたのだ。

家探しをしようとする男達に、ポリーは散弾銃を手に立ちはだかり、彼らを追い返す。

 

 ポリーは古いスキャッターガンを抱え、ポーチに立ったまま、一行が水を蹴散らして小川を渡り、その先の森のなかに消えていくのを待った。彼らが見えなくなっても、行ってしまったという確信が持てるまで、少しのあいだそこに立っていた。

 家のなかに入ると、彼女は注意深くいつもの場所、ドアのすぐ横にショットガンを立てかけた。それからようやく、甘い香りのする居間の静けさのなかで溜めていた息を吐きだし、震えを止めようと自分の身体をきつく抱きしめた。

 

一方、山の奥では、ポリーの夫のガス・マッキーが牧場の馬と一緒に潜んでいた。戦場に出ている息子たちが戻ってきたときに、少しでも再スタートが楽にきれるようにと馬を守っていたのだ。

ある夜、ガスは南軍の逃亡兵と出会ってしまう。

 

 その男は陰のなかから出てきた。痩せてひょろりとした、まだ二十歳にもならない若者だった。が、手にしている武器は大人が持つコルト・ホース・ピストルだった。撃鉄が起こされ、銃口はガスの腹を狙っている。

 

若者の名はミッチェル、徒歩で遠い故郷まで逃げ戻る途中だった。

ガスは、彼を助けることにする。自分の愛馬を与え、それに乗って故郷まで戻れと言う。

 

 「このままオザーク高原をイリノイに向かって歩きつづけていたら、そのうち捕まるのは、神様が緑のりんごを作ったのと同じくらい確かなこった。彼らはあんたを捕まえ、ひょっとすると俺のところまでたどってくるかもしれん。つまり、あんたがここからできるだけ早く消えてくれたほうが、俺にとってもありがたいんだよ。馬と多少のツキがあれば、一週間後には家にいられるぞ」

 

 

しかし、この判断が、ガスを無法者アーロン・ミーチャムとの闘いへと導くのだった…。

 

一家が出会う悲惨な状況に胸がしめつけられるシーンもあるが、最後は希望を抱きながら終わる。

短編の名手ダグ・アリンらしい、隙のない名品である。

 

 

★★★

 

 

 

◆収録短編集 『ミステリアス・ショーケース』 について

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

ミステリアス・ショーケース (ハヤカワ・ミステリ)

 

 

「ぼくがしようとしてきたこと / D・ゴードン」「クイーンズのヴァンパイア / D・ゴードン」「この場所と黄海のあいだ / N・ピゾラット」「彼の両手がずっと待っていたもの / T・フランクリン」「悪魔がオレホヴォにやってくる / D・ベニオフ」「四人目の空席 / S・ハミルトン」「彼女がくれたもの / T・H・クック」「ライラックの香り / D・アリン」 の8編を収録したアンソロジー

このなかで1冊の本としてまとめられてるのは、ベニオフの短篇だけで、あとはこのアンソロジーでしか読めない。

ぜんたいとしては、ミステリー色は弱く、普通の小説にちかいものが多い。

D・アリンの短篇のほかでは、T・フランクリンが妻と共著した「彼の両手がずっと待っていたもの」がおすすめ。

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『ある詩人の死 / ダグ・アリン』

ある詩人の死―英米短編ミステリー名人選集〈6〉 (光文社文庫)

ある詩人の死―英米短編ミステリー名人選集〈6〉 (光文社文庫)

 

 

「ある詩人の死」「ゴースト・ショー」「レッカー車」「フランケン・キャット」「ダンシング・ベア」(←エドガー賞受賞作)「黒い水」の6編収録。日本でのオリジナル短編集。

すべて読み応えがあり、ミステリーとしての質はかなり高い。でも、絶版。って言うか、ダグ・アリンの本じたいが最近はまったく出版されてない。こんなに面白いのに…。派手さがイマイチ足りないってことかな。渋い作品は一般受けしないってことかな。

良質な短編集が読みたい人には、おすすめの1冊。