単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

本の本 #5 / 読書エッセイ Part2

 

▶読書エッセイを6冊紹介。

いずれもサクッと読めるが、読み応えがある。

 

 

01. 『読書の極意と掟 / 筒井康隆』(講談社 / 文庫)

読書の極意と掟 (講談社文庫)

読書の極意と掟 (講談社文庫)

 

 

以前、朝日新聞出版から出ていた『漂流  本から本へ』を改題したもの。

田河水泡の『のらくろ』からハイデガーの『存在と時間』まで、全66冊を、自らの人生を振り返りながら語る、自伝的な読書エッセイである。

意外なことにSFは6冊しか取り上げられていない。

 

とにかく楽しい本だ。

筒井康隆ファンでなくても、夢中になって読める1冊である。

 

 

 

02. 『私はこうして読書をたのしんだ / 池内紀』(中央公論社

 

 

池内紀は、つかみが巧い。

 

 手にステッキ、足にはキッドの深護謨(ゴム)靴。そんないで立ちで百閒(ひゃっけん)先生は旅に出た。

 靴のほうはくわしく書いてある。昭和十四年に誂えて造った上等品で、キッド革の深護謨型。深護謨というのになじみがない人は、「昔の枢密顧問官が穿いた様な靴」だと思えばよろしい。枢密顧問官といわれても困るが、倫敦市長がはくような立派な靴だということはよくわかる。ただし、星霜十幾年、横に穴があいたので、大きなつぎが当たっている。

 ステッキについてはどうか。

 これがよくわからない。 ~「阿房列車に乗って / 内田百閒」の項

 

 このあと、ステッキについての考察が続き、そのステッキをキーワードにして、内田百閒の魅力がよどみなく語られていく。

まず“魅力的な事実”を語る。

あるいは、ひとつの“事実”を魅力的に語る。

これが、池内紀の技である。

 

ひとつの“事実”を語るためには、それ以上の“事実”を知っていなければならない。

多くの“事実”のなかから、その作家を表現できるような魅力的な“事実”を見つけなければならない。

時間のかかる作業だと思うが、その時間を著者は楽しんでいる。

読者は、著者が手間暇かけて選んだ美味しいところを、ただ楽しめば良いだけなのである。

 

取り上げている作家は、小川未明野尻抱影、内田百閒、白井喬二佐藤春夫石川淳神西清……など、著者好みの少し渋い作家が並ぶ。

 

 私はまわりの世間よりも、書物を通じてずっと多くの友情を見つけてきた。本を読んでいるかぎり、人間に孤独などないのである。 ~あとがき

 

 

 

03. 『子供より古書が大事と思いたい / 鹿島茂』(青土社

子供より古書が大事と思いたい

子供より古書が大事と思いたい

  • 作者:茂, 鹿島
  • 発売日: 2019/07/24
  • メディア: 単行本
 

 

稀覯本マニアの著者による、開き直りの書である。

 

私が本を集めるのではない。絶滅の危機に瀕している本が私に集められるのを待っているのだ。とするならば、私は古書のエコロジストであり、できるかぎり多くのロマンチック本を救い出して保護してやらなければならない。これほど重大な使命を天から授けられた以上は、家族の生活が多少犠牲になるのもやむをえまい。

~14p

 

ロマンチック本というのは、著者が蒐集の対象としている19世紀フランスで出版された挿絵本のことである。

ある日、ロマンチック本の美しさに憑りつかれた著者は、あっという間に熱烈な愛書家へと変貌するのだ。

家族は、たまったものではない。

 

著者がパリに住んでいた頃のこと。

パリにある古本屋をあらかた見てしまった著者は、地方への探書の旅を計画する。もちろん家族には、その目論見は隠したまま、一家4人はホンダのシビックに乗ってフランスの田舎町へと出発する。

トゥールという町で事件は起こる。

とある古書店で、著者は、『十九世紀ラルース』という、ずっと探していた本を見つけてしまうのである。しかも値段は想定額よりずっと安い。

ただし、17巻本である。

しかも、重い。1巻4.5キロ×17=76.5キロである。

古書店主は、持ち帰るなら売ってやると言う。

買ってしまうのだ、これを。

重さも問題だが、それより車にスペースがない。

親子4人が乗っている上に、旅行の荷物もある。

 

困ったのは、これを積み込む空間である。トランク・ルームには五冊までしか押し込むことはできない。とすると、残りは、子供二人が座っている後部座席ということになるのだが、やってみると、九冊のラルースが完全に一人分の座席を占有した上、残りの三冊がもう一人分の座席にもはみだしている。さて、弱った。二人の子供を乗せる空間がなくなってしまった。(中略)しかたがない、こうなったら、下の子供を女房に抱かせて助手席に乗せ、上の子供は、ラルースの上に座らせておくことにしよう。不自由だろうが、これ以外の解決策はない。

~161p

 

 家族にいたく同情してしまう。

同情しつつ、つい笑ってしまうのだが。

 

稀覯本を手に入れるための借金の話など、狂気としか思えないエピソードが満載である。

愛書家、恐るべし。

 

 

 

 04. 『吉野朔美は本が大好き / 吉野朔美』(本の雑誌社

吉野朔実は本が大好き (吉野朔実劇場 ALL IN ONE)

吉野朔実は本が大好き (吉野朔実劇場 ALL IN ONE)

 

 

2016年4月に急逝した吉野朔美が「本の雑誌」に連載していたコミック・エッセイを1冊にまとめたもの。

元々単行本で8冊出ていたものを1冊にまとめたものなので、なかなか分厚い。650頁ある。

 電車で読むのには不向き。ベストな読書環境は寝床でしょう。

 1編読むと、次が読みたくなって、それを読んだら次が読みたくなって…、けっきょく寝不足になるのは確実だけど。

 

本好きが集まってワイワイやってる感じも良い。

急逝が惜しまれる。

 

 

 

05. 『二度読んだ本を三度読む / 柳 広司』(岩波書店 / 新書)

二度読んだ本を三度読む (岩波新書)

二度読んだ本を三度読む (岩波新書)

  • 作者:広司, 柳
  • 発売日: 2019/04/20
  • メディア: 新書
 

 

赤い表紙のにくい奴、岩波新書の“読書本”にはアタリが多い。

とくに小説家の書いたものは、ほぼアタリと言ってよい。

これもアタリの1冊。

 

二度読んだ本は少ないが、三度読んだ本は意外に多い。

気を衒(てら)っているわけではない。

本を二度読むのは、それが自分にとって二度読むに値する本だと思ったからだ。世の中にはたくさんの本が溢れていて、たいていの本は一度読んで「ああ、面白かった」と言ってそれきりになる。もしくは「つまらない」と言って途中で読むのを止めてしまう。二度読むに値する本に出会う確率は極めて低い。だから、二度読んだ本は必ず三度読む。

~あとがき

 

“必ず三度読む”というのが何気に凄い。

二度はわかるが、必ず三度と言うのは、なかなかの強者である。

 

とりあげている本は、「月と六ペンス / S・モーム」「それから / 夏目漱石」「怪談 / 小泉八雲」「シャーロック・ホームズの冒険 / C・ドイル」「ガリヴァー旅行記 / J・スウィフト」「山月記 / 中島敦」「カラマーゾフの兄弟 / ドストエフスキー」「細雪 / 谷崎潤一郎」「紙屋町さくらホテル / 井上ひさし」「夜間飛行 / サン=テグジュペリ」「動物農場 / G・オーウェル」「ろまん燈籠 / 太宰治」「龍馬がゆく / 司馬遼太郎」「スローカーブを、もう一球 / 山際淳司」「ソクラテスの弁明 / プラトン」「兎の眼 / 灰谷健次郎」「キング・リア / W・シェイクスピア」「イギリス人の患者 / M・オンダーチェ」の全18冊。

 

文章はやわらかく、そこはかとない笑いも潜ませつつ(適度に毒もある)、すいすい読ませる。

なによりも、著者の文章からは、取り上げた作品に対する愛と同時に、本を読む人たちに対する愛を感じる。

 

 

 

06. 『ぜんぶ本の話 / 池澤夏樹池澤春菜』(毎日新聞出版

 

ぜんぶ本の話

ぜんぶ本の話

 

 

池澤夏樹池澤春菜は父娘である。

父親は、作家であり優れた書評家でもある。

娘もその筋(SF界隈)では、かなりの有名人。

なにしろ2020年から日本SF作家協会の第20代会長をつとめているのだ(初代の星新一から始まり、矢野徹小松左京筒井康隆…などビッグネームが並ぶ)。

 

そのふたりが、幼い頃からの本の想い出などを語り合った対談集である。

職業的読書人でもあるふたりなので、話題にのぼる本がハンパなく多い。

しかもひとりが1冊の本を話題に出すと、もうひとりもそれを読んでいるという状態が最初から最後まで続くのだ。

 

 父のことはずっと言ってなかったのだ。もちろん聞かれたら否定はしないけれど、自分からは言わないようにしていた。それでもやっぱり心ないことをずいぶん言われた。その度に憤ったり、諦めたり、ネガティブになったり、なかなか忙しかった。だからもし十年前だったら、この本のお話も断っていたかもしれない。

 それを今受けることができるようになったのは、わたしが図太くなったのか、自分の立ち位置に自信が持てたのか。いろいろ理由はあるけど、一番大きいのは、最高の本読み仲間が父だからだ。父と思い切り本の話をしてみたかったのだ。

~まえがき

 

 変な本を作ってしまった。

 作ったというより喋ったなのだが、その相手というのが、(なんとなく恥ずかしいことに)我が長女である。

 自分の子だから育てたには違いないのだが、どうも子供というものは勝手にむくむく育ったものであって、そこに手を貸したという実感が薄い。

(略)

 しかし、知的に育てた覚えはないのだ。

 なんだか身辺をうろうろしている子がいて、そのあたりにあった本を持って行っては読んでいる。その姿が視野の隅にちらほらする。そのうち大人になってしまった。いっぱしの口を聞くようになった。

 まあそういうことだ。

~あとがき

 

パパは、照れながらもちょっと嬉しそうだ(笑)。

 

本は8章に分かれている。

第8章の「読書家三代」では、池澤夏樹が珍しく父である福永武彦について語っていて、読み応えがある。

 

メモを片手に読むのがおすすめ。

 

 

 

▶以上、6冊。

どの本も、読んでいるとなんだか職人の手わざを眺めているような気分になる。

良い気分なのである。

できれば、ずっと読んでいたい。

そんな本ばかりなのだ。