単純な生活

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藤沢周平を(ほぼ)ぜんぶ読む その壱

藤沢周平の時代小説をデビュー作から順に、すべて読んでいく(ただし、歴史小説は含めない。なので、“ほぼぜんぶ”)。

幸いなことに、藤沢周平の本は現在すべて文庫で出ており、しかも絶版が1冊もないのである。

凄いことだ。

それだけ人気があるってことだろうな。

 

書名のあとにおすすめの★印をつけたが(★3つが最高)、まあ、気持ち的にはぜんぶ★3つなのだが。

★★★ = 超おすすめ、ぜひ読んで!

★★ = 読んで損はない。

★ = 余裕があれば、これも読んで。

 

 

 

01. 『暗殺の年輪』(1973年 / 文藝春秋刊) ★★★

新装版 暗殺の年輪 (文春文庫)

新装版 暗殺の年輪 (文春文庫)

 

 

収録作品は、「黒い縄」「暗殺の年輪」「ただ一撃」「溟い海」「囮」の全5編。

読後感はすべて暗くて重い。

朝いちで読んだりすると、その日いちにち引きずるほど。

この暗さは本人も気にしていたようで、別の本の著者あとがきで、このままで良いとは思っていないと書いている。

心の中の暗い部分を吐き出したら、明るいものを書いてみたいと。

しかし、いくら暗くても重くてもストーリーは抜群に面白い。

天性の物語作家なのだろう。

明るいときに読むよりも、むしろ気分が落ち込んでいるときにこそ読むべき作品集かなとも思う。

 

 

02. 『又蔵の火』(1974年 / 文藝春秋刊) ★★

新装版 又蔵の火 (文春文庫)

新装版 又蔵の火 (文春文庫)

 

 

 表題作ほか全6編の短編集。

著者もあとがきで書いている通り《どの作品にも否定し切れない暗さがあって、一種の基調となって底を流れている》。

すべての作品が悲劇で終わる。

主人公たちはその悲劇のなかで悄然と佇むか、あるいは死ぬ。

後の藤沢作品にあらわれる上質なユーモアは、ここには欠片もないのだ。

にもかかわらず、面白く読ませてしまうのは、著者の文章力とストーリーテリングの巧さだろう。

とくに「又蔵の火」の果し合いの場面は壮絶。

武士として生きることの難しさと矜持と意地が伝わって来る。

鴎外の「阿部一族」を思い出した。

 

 

03. 『闇の梯子』(1974年 / 文藝春秋刊) ★★

新装版 闇の梯子 (文春文庫)

新装版 闇の梯子 (文春文庫)

 

 

表題作ほか、「父と呼べ」「入墨」「相模守は無害」「紅の記憶」の全5編収録。

相変わらず暗い。

5編ともハッピーエンドでは終わらない。

主人公たちが大事な何かを失くして終わる。

あるいは、大事な何かを失くしてから、それが自分にとってかけがえのないものだったことに気づく。

悲哀、慟哭、諦め、それらが全編を覆い、救いはない。

これでつまらない物語なら、本を壁にたたきつけるのだが、困ったことに、どれも無類に面白いのだ。

悲惨な話なのに読む手が止まらない。

1編読み終わるごとに、主人公たちがこれから歩むであろう長く険しい道が見える。

 

 

04. 『暁のひかり』(1976年 / 光風社刊) ★★

新装版 暁のひかり (文春文庫)

新装版 暁のひかり (文春文庫)

  • 作者:藤沢 周平
  • 発売日: 2007/02/09
  • メディア: 文庫
 

 

表題作の他、「馬五郎焼身」「おふく」「穴熊」「しぶとい連中」「冬の潮」の全6編収録。

相変わらず、すべての作品が暗くて苦い。

著者の抱えている鬱屈はまだ晴れていないのだ。

これだけ吐き出してなお晴れない鬱屈と言うのは、どれほどのものなのだろう。

唯一「しぶとい連中」だけが、にぶくユーモアを放っている。

そのユーモアも後の作品でみせる柔らかなユーモアではなく、どこか重い。

しかし、困ったことに面白いんだよねぇ。

ラストは暗いんだろうなあ、と思いつつ読んでしまう。

 

 

05. 『冤罪』 (1976年 / 青樹社刊) ★★

冤罪 (新潮文庫)

冤罪 (新潮文庫)

 

 

デビューから6冊目である。

表題ほか、「証拠人」「唆す」「潮田伝五郎置文」「密夫の顔」「夜の城」「臍曲がり新左」「一顆の瓜」「十四人目の男」の全9編収録。

うち7編がハッピーエンドで終わる。

藤沢周平作品の魅力のひとつである柔らかな光のようなユーモアが、この作品集ではじめて顔を出す。

それまで自らの心の鬱屈をたたきつけるように作品にこめてきた著者の、ターニングポイントになるような作品集。

この年に著者は長年勤めた会社をやめて筆一本で生きる決意をしている。

その前には再婚もしている(前の妻は最初の子供を産んだあと28歳の若さで病死)。

私生活での充実が作品に変化をもたらしたのだろう。

駄作なしの素晴らしい短編集。

 

 

06. 『時雨のあと』(1976年 / 立風書房刊) ★★

時雨のあと (新潮文庫)

時雨のあと (新潮文庫)

 

 

デビューから9冊目。

表題作ほか、「雪明かり」「闇の顔」「意気地なし」「秘密」「果し合い」「鱗雲」の全7編収録。

すべて読後感は明るく、救いがある。

著者の初期の作品には暗く救いのないものが多いが、デビューから3年目にして、ついに長いトンネルを抜けた感じがする。

ただ、後年の作品に比べると明るさに深みがないかなぁ。

たんにハッピーエンドで終わってるだけって言うか。

まあ、それでも十分面白いのだが、のちの傑作のいくつかを知ってから読むと、なんか軽いなと思ってしまう。

しかし、まだ藤沢周平を読んだことがないと言う人には、デビュー直後の作品集、たとえば直木賞受賞作を含む「暗殺の年輪」よりは、ぜったいこちらがお勧めである。

 

 

07. 『竹光始末』(1976年 / 立風書房刊) ★★★

 

 デビューから10冊目。

表題作ほか、「恐妻の剣」「石を抱く」「冬の終りに」「乱心」「遠方より来る」の全6編収録。

すべて面白い。

短編集の収録作がすべて面白いと言うのは、何気に凄いことだと思うのだが、驚異のアベレージヒッターである藤沢周平を読み慣れると、これが当たり前に思えてくる。

“面白くて当たり前”って、やはり凄い作家だわ。

デビューから3年、、10作目にして早くもベテラン作家の風格がある。

表題作の「竹光始末」は、山田洋次監督の映画『たそがれ清兵衛』の原作のひとつ(あれは3つの短編が原作になっている)。

貧乏暮らしで大刀を売り払ってしまった武士が上意討ちを命じられ、竹光を腰に差したまま狂った武士のいる屋敷に乗りこんでいく話。

原作には、映画にはない独特のユーモアが漂っている。