単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

『こころの湯』(1999)を観る

▶『こころの湯』を観る。

 

こころの湯 [DVD]

こころの湯 [DVD]

  • 発売日: 2004/03/03
  • メディア: DVD
 

 

1999年の中国映画。

舞台は、北京の下町にある銭湯「清水池」。

朱旭チュウ・シュイ)扮する父親リュウが、知的障害を持つ次男アミンとともに切り盛りしている。

そこへ、勤め人となって都会で妻と暮らす長男ターミンが突然帰って来る。

アミンが兄に送った絵葉書に横たわる父親が描かれていて心配になったのだ。

しかし、父親は元気だ。

アミンとともに毎日楽しく暮らしている。

ひと安心するターミンだったが、再開発によって銭湯が近々取り壊されることを知る…。

 

中国にも銭湯があることを、はじめて知った。

しかも日本の銭湯よりも充実している!

マッサージ、理髪、吸い玉治療、垢すり、等々。

ほとんどスパだね。

ここにご近所さんが毎日訪れて、中国将棋をしたり、コオロギ相撲に興じたり、シャワーの下でオペラを歌ったり、ときには夫婦喧嘩を始めたり、すごく賑やかだ。

その賑やかさを前に、ターミンのこころがゆれる。

おそらくは、実家が嫌で都会へ出たターミン。

しかし、銭湯で時間を過ごすうちに、こういう生活も悪くないかもしれないと、少しだけだが思うようになる。

そんなこころの揺れが、表情に出ている。

 

しかし、現実はそんなに甘くはない。

銭湯は、再開発による取り壊しが決まっている。

知的障害の弟の存在もある。

ターミンが妻とふたりで田舎で暮らせるわけはないし、妻が弟のことを受け入れるかどかもわからない。

そして、かれが都会に戻ることを決めたとき、父親が病に倒れる…。

 

ラストは、少し物悲しい。

アミンの歌うオーソレミオが泣ける。

長男ターミンのこれからの人生を思うと、思わず「頑張れ」と声をかけたくなる。

人生は、人と人の関係性のなかを歩いて行くもので、誰しもがけして独りぼっちでは生きていかないものなのだな、と当たり前のことを思う。

 

それにしても、父親役の朱旭チュウ・シュイ)が素晴らしい。

中国は、このひとを国宝にすべきだ。

主演映画のひとつに『變臉(へんめん)』という素晴らしい作品があるのだが、残念なことにいまだにDVD化されてない。

TSUTAYAの「発掘良品」に期待したいところだが、アジア系の映画はほぼ無視だからなあ…。

 

あと、気になったのは、銭湯のシーンのほとんどが男湯で、客もどうやら男しかいないようなのだ。

中国に、女湯はないのだろうか?

 

 

 

▶Help Yourself の『Help Yourself』を聴く。

 

Help Yourself

Help Yourself

  • 発売日: 2018/03/23
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

1971年発表のデビュー・アルバム。

英国パブロックの名盤。

これと言ってキャッチーな曲があるわけではないが、さりとてダメな曲があるわけでもない。

最初に聴いてから、かれこれ30年以上も、ときどき引っ張り出しては聴いている。

 

このアルバムは、たしか吉祥寺の「芽瑠璃堂」というレコード屋で買った。

芽瑠璃堂は、1980年代すでにその筋(どんな筋?)では超有名店で、入るのに少し勇気がいった。

ブルースやらパブロックあたりをかじりはじめた若造が、安易に入っちゃいけない店だという印象があったんだよねぇ。

はじめて店に入ったとき、奥にいた店員さんが、ジャムパンをむしゃむしゃ食べながら、ギロっとこっちを睨んできて、ちょっと怖かったな “笑”。

通いなれたら、フツーにやさしく、音楽にやたら詳しい店員さんたちだったけど。

 

 

こちらはサード・アルバム。

 


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ジャケットのデザインが時代を表している。

 

 

 

▶気になるので書いておく。

『こころの湯』のなかに食事のシーンが出てくる。

都会から戻ったターミンが父親と汁なし麺を食べているのだが、片手に生のきゅうりを1本持っていて、ときどきそれをかじるのである。

日本では、まず出会わない光景だ。

以前観た『私の犬は世界一』という中国映画でも、同じようなシーンがあったのだが、中国ではふつうのことなんだろうか?

ウー・ウェンさんという料理研究家の本に、中国は飲み水の質が良くないので、水分補給のためにきゅうりを食べると書いてあったのだが、そういうことと関係あるのだろうか?

けっこう気になる。

『わたしは光をにぎっている』(2019)を観る

▶『わたしは光をにぎっている』(2019)を観る。

 

わたしは光をにぎっている [DVD]

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  • 発売日: 2020/06/03
  • メディア: DVD
 

 

光石研が良かった。

さらに言えば、光石研だけが良かった。

まあ、主演の松本穂香も悪くはないが。

 

主人公の宮川澪(松本穂香)は20歳。

祖母とふたりでやっていたちいさな民宿をたたむことになり、ひとり東京へ。

亡くなった父の友人三沢京介(光石研)が営む銭湯「伸光湯」の2階に住むことになる。

バイト生活を始めるも人付き合いが下手過ぎて挫折。

祖母の「目の前のできることからひとつずつ。できないことより、できそうなことから。ちいさなことでも良いから」という言葉に押されて、伸光湯の仕事を手伝うことになる。

徐々に東京の暮らしに馴染みはじめた澪だったが、再開発を理由に伸光湯が廃業することに…。

 

主な舞台は、葛飾区立石。

わたし、20代の半分を立石で過ごしたので、ちょっと懐かしい。

澪が働く伸光湯は、立石ではなく清瀬市の銭湯らしいが。

ちらっと出てくる飲み屋のある路地が立石かな。

 

ぜんたいの静かなトーンは嫌いではないのだが、それに見合うだけの緊張感が画面から伝わってこない。

たとえば、黒沢清監督の『トウキョウソナタ』とか、市川準監督の『東京兄妹』のように、無駄なカットなんてひとつもなくて、だらだら続いているようなのに凄い緊張感、みたいなものがまったくないのだ。

“緊張感”というのは、監督の目配りのことで、こう言うゆったりしたリズムの映画は、細部まで計算されてないと観るのが辛い。

 

澪が立石に出てきて、伸光湯の場所がわからずに人にきくシーンがあるのだが、道をたずねる相手が、路上でチラシを配っているエチオピア人なのである。

東京に出てきて不安な彼女が、しかも人付き合いが苦手な彼女が、道をたずねる相手がエチオピア人ってなんだよ “笑”。

この雑なシーンで、わたしは「この映画は、ちょっとダメかも知れない」と思ってしまった。

まあこれは、少しあとの、澪が公園のベンチでひとりすわっていると、件のエチオピア人が声をかけてきて、自分が働いているエチオピア・レストランに誘って、そこで澪が元気を取り戻すというシーンの伏線になってはいるのだが、そもそもレストランのシーンが、そんな不自然な伏線を張ってまで見せるほど重要なシーンとは思えないのだよ。

 

ラストちかくに、映画監督志望の青年が撮った街のドキュメンタリーが流れる。

肉屋や豆腐屋など個人商店の、味のある店主や従業員の笑顔がはじけているドキュメンタリーなのだが、これもよくわからない。

ドキュメンタリーに出てくるひとたちは、ストーリーにはまったくからんでいない人たちである。

だいたい映画監督志望の青年のキャラがいまいち希薄なので、その青年のとった作品を最後に観せられても、たいして感動もしないのだ。

唯一、喫茶店らしい店のおやじが手にもっていたコンパクト・カメラが、ローライ35と言う名機で、そこだけオッってなった。

 

ラストの、光石研のなんとも言えない表情に、映画じたいが救われている気がする。

 

 

クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』以来、多くの映画がエンドロールの後に、バーンとタイトルを出してくるけど、それが成功してる作品てあまりないよなあ。

『わたしは光をにぎっている』も、エンドロールの最後に、けっこうな大きさでタイトルが出てくるけど、なんじゃいこれってなりました “笑”。

せっかく光石研の最高の表情で終わってるのに…。

クリストファー・ノーランも罪作りやわあ。

 

 

▶The Eggs Over Easy の『Good'n' Cheap』を聴く。

 

グッド・アンド・チープ

グッド・アンド・チープ

 

 

ヘタウマの名盤。

ゆる~いサウンドが心に沁みるのだ。

ジャケットは、ホッパーのパクリ。

 


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Eggs Over Easy と言うのは、目玉焼きの焼き方のひとつなので、YouTubeで検索すると半分以上が目玉焼きの動画になるね。

 


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ようするに両面焼き。

やったことがないなぁ。

ふつうのやり方より、黄身がとろとろになるんだな。

たしかに、かりかりベーコンとかと合いそうだ。

 

 

▶夕食にお好み焼き。

我が家では、お好み焼きは、関西生まれだからという安易な理由で、わたしの担当なのである。

今夜は、冷凍ものの牡蠣とかホタテなど入れて、ちょっと豪華にした。

美味。

 

お好み焼きと言えば、思いだすのは広島に旅行したときのこと。

昼間、ホテルのひとに美味しいお好み焼き屋をきいて、そこに入ったところ、客の半分がOLだったのだ。

ランチに、お好み焼き。

東京では、ちょっと考えられない光景で驚いた。

これからまだ仕事があるだろうに、匂いとか平気なんだろうか? と心配になった。
しかも、かなりのボリュームのお好み焼きをパクついている。

恐るべし広島。

お好み焼きが、完全に生活に根付いている。

そりゃあ、お好み焼きにうるさくもなるよね。

 

 

『サイレンサー3/ 待伏部隊』(1966)を観る

▶『サイレンサー3/ 待伏部隊』(1966)を観る。

 

サイレンサー 第3弾 待伏部隊 [DVD]

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  • 発売日: 2009/06/26
  • メディア: DVD
 

 

お色気ナンセンス・スパイ・アクション・B級ムービーの第3弾。

相変わらずグダグダのテンポでストーリーは進む。

主演は、アメリカの加山雄三ディーン・マーティン

ツッコミどころが満載で、いちいちツッコんでたら身が持たない。

 

アメリカが開発した空飛ぶ円盤型戦闘機の飛行実験からお話がはじまるのだが、管制室がフツーの会議室なのである。

しかも、けっこう狭い。

そこで男たちがちいさなモニターで実験を見守っている。

円盤は女性パイロットのシーラが操縦している。

電磁波パワーという怪しいちからで円盤は飛ぶのだが、このパワーは男性の精巣に働きかけて、ついには男性を死亡させてしまうので、パイロットは女性じゃないとだめなのだ(なんちゅー設定だよ)。

で、この円盤が何者かによって奪われてしまう。

パイロットのシーラだけが逃げ帰って来るが、記憶を喪失していた。

 

ここで、アメリカ版007マット・ヘルムの登場である。

女性専門のカメラマンとして有名なマットであるが、その実態は凄腕の秘密諜報部員なのだ。

廃人同然のシーラだったが、記憶を少し取り戻して、いまではマットとは夫婦だと思い込んでいる。

マットは、彼女とともに敵の本拠地に乗りこむことになる。

上司からシーラとともに行くように命令を受けたかれは、最初これを断るのだが、その理由がすごい。

「あんな女房気取りの女と旅行なんてゴメンですよ!」

いや、マット、それはちょっと違うぞ “笑”。

 

相変わらず出てくる秘密兵器がすべてくだらない。

ブラジャーに仕込まれた銃、ブラジャーに仕込まれた電話(なんでもブラジャーに仕込むのだ)、バックルの金属を溶かしてズボンをずり落とす光線銃、などなど。

秘密兵器の数では本家の007シリーズを上回っている。

マットの持っているカメラも超スグレものだ。

カメラになるのはもちろんのこと、通信機にもなる(しかも撮影した映像を画像として送れる)、さらに危険なときには拳銃にもなる(どこに銃弾がはいっているのか)。

アクション・シーンもなかなか良い。

ビルの屋上でマットと敵が殴り合うシーンは、けっこうはらはらもんである。

さいご、敵がビルから落ちていくのだが、明らかに人形なので笑ってしまう。

 

「なんだよソレ!」とか「ふざけんなよ!」とか、笑いながら突っ込んでいると、あっと言う間に映画は終わる。

理想的なB級映画だ。

まじめな映画が好きなひとにはオススメしないが。

 

 

グレン・グールドの『J・S・バッハ:小プレリュードと小フーガ集』を聴く。

 

 

ジャケットが良いな。

 

グールドは、とっくに亡くなっているが、かれの残した音楽は、いつでもわたしの魂を癒してくれる。

これはほんとうに凄いことだ。

 

 

▶仕事の休憩どき、イヤホンを耳に突っ込んでスニッカーズを食べていると、同僚のおばちゃんに、「なに聴いてるの?」と突然話しかけられた。

まったく無防備だったので、正直に「バッハです」と答えてしまう…。

すると、おばちゃんはなにも言わずに、なんかスンて感じで、どこかへ行ってしまった。

コミュニケーション・ツールとしての、クラシック音楽の能力の低さには、いつも驚かされる。

 

『帰れない二人』(2018)を観る

▶『帰れない二人』(2018)を観る。

 

帰れない二人 [DVD]

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  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: DVD
 

 

ジャン・ジャクー監督の最新作。

主演は中国の吉行和子(顔が似てると思うのだが)チャオ・タオ。

2000年から2017年までの中国を舞台に語られる愛の物語。

 

チャオ・タオ演じるチャオは、ヤクザ者のビン(リャオ・ファン)に惚れている。

ふたりで踊ったり、酒を飲んだり、いちゃいちゃしていればそれで幸せだったのだが、ある日突然、その幸せが終わってしまう。

街でチンピラの集団に襲われるビン。

チャオは、咄嗟にビンの拳銃を取り出し、空に向けて撃つ。

チャオによって命を助けられたビンだが、拳銃の違法所持でチャオは刑務所へ行くことになる。

5年の刑期を終えて出所して、ビンを訪ねるチャオ。

しかし、ビンは会おうとはしない。

すでに別の女がいたのだ。

傷心のチャオは街を離れ、故郷の大同に帰る。

そして2017年、ビンがチャオの元に戻って来る…。

 

トーンは終始静かで、世界の中心で愛を叫ぶことはない。

画面にはリアルな中国の今が映し出される。

その風景のなかを、チャオとビンの人生が漂っていく。

 

ラスト、どうやって終わらせるんだろうと思っていたら、うーん、かっこ良いな。

 

 

▶King of Convenience の『Riot On An Empty Street』(2004)を聴く。

 

Riot On an Empty Street

Riot On an Empty Street

 

ノルウェーのアコースティック・デュオ。

 

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おしゃれやわ~。

 

 

片岡義男の『彼らを書く』を読む。

 

彼らを書く

彼らを書く

  • 作者:片岡 義男
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

“彼ら”とは、ザ・ビートルズボブ・ディランエルヴィス・プレスリー

それぞれのライブ映像とか、出演した映画、あるいは関連した映像作品を観て、その感想を書いている。

いかにも片岡義男らしい的確な表現で、観ている映像の詳細を文章にしている。

映像の文字起こし。

読みながら、映像が頭に浮かぶ。

そこに片岡義男の感想がストンと入ってくる。

 

ザ・ビートルズの章では、ナンシー・アレン主演の『抱きしめたい』をとりあげていて嬉しくなる。

ナンシー・アレンも、もう70歳かぁ…と、変な感慨にふけったりして。

 

ジョン・レノンの無名時代を描いた『Nowhere Boy』もちゃんと観ている。

 

 ザ・ビートルズ、という呼称が一度もこの映画のなかにあらわれないのは、英断のひとつだと言っていい。ザ・クオリーメンの名は、教会のバザーの場面に、大きくあった。ザ・クオリーメンと書いた紙が、地面に置いた物品に立てかけられていた。ザ・クオリーメンの名は出すけれど、ザ・ビートルズの名は出さない、という判断だ。事実の断片をいくつもつなぎ合わせると、そこに生まれるのはひとつの美しいフィクションである、と教えてくれる映画だ。

 

評が的確過ぎて、うなる。

こういう的確さが、この人を日本で最高の短編作家のひとりにしているのだろう。

 

 

 

“燃え殻”の『すべて忘れてしまうから』を読む。

▶“燃え殻”の『すべて忘れてしまうから』を読む。

 

すべて忘れてしまうから

すべて忘れてしまうから

 

 

“燃え殻”は、もちろんペンネーム。

ポジティブではなく、かと言って極端にネガティブでもないエッセイが50編。

1編が3頁。

各編に長尾謙一郎の挿画が1頁カラーで付く。

贅沢な作りだ。

 

どのはなしも私小説的な面白さがある。

でも、“小説”と言うには少し軽い。

小説の卵のようなエッセイ集。

どのはなしも面白く、ストンとこころに落ちてくる。

でも、次の日には、タイトル通りすべて忘れている。

 

 

蓮實重彦の『映画狂人日記』を読む。

 

映画狂人日記

映画狂人日記

 

 

ほとんどの場合、何を言ってるのかさっぱりわからない“笑”。

こちらに映画的素養がないとか、そう言うはなしではない。

すでに何回も観ている映画について語っている部分でも、理解不能なのである。

すべての文章が抽象的で、読む進めるのがいささかしんどい。

 

許されざる者』は、断固として許さない映画である。何を、どんな理由で許さないのかなどと問うのはやめにしよう。問うことすら許そうとしないその潔癖さにおいて、この映画は唯一無二の美しさにおさまっているからである。『許されざる者』は、これを傑作と呼んだりする権利さえ、誰にも許しはしないだろう。そんな権利をあらかじめ放棄している者たちが許されないのは、当然である。およそ可能なかぎりのありとあらゆる反応を禁じられ、観客はただ途方にくれることしかできない。

 

どうやらホメてるらしい(たぶん)。

 

愚考するに、『映画狂人日記』は、著者が映画に仮託して自己を語っている一種の私小説みたいなものであって、だから、ここに映画解説的な「親切」を期待する方がまちがいなのである。

わたしは、少し期待してしまいました。

ごめんなさい。

町山智浩川本三郎に戻ります。

 

 

バスター・キートンの『セブン・チャンス』を観る。

 

セブン・チャンス(活弁入り)

セブン・チャンス(活弁入り)

  • 発売日: 2020/12/26
  • メディア: Prime Video
 

 

身体をはったドタバタコメディ。

後半の、もの凄い数の花嫁からの逃走劇は面白かった。

 

 

 

 

『青春ア・ゴーゴー』(1966)を観る

▶『青春ア・ゴーゴー』を観る。

 

青春ア・ゴーゴー

青春ア・ゴーゴー

  • メディア: Prime Video
 

 

山内賢浜田光夫主演の日活青春もの。

タイトルからして、なんか気恥ずかしい。

観る前から赤面してる。

観始めてから5分くらいは、その気恥ずかしさが続いたが、10分くらい観たころには映画に引き込まれていた。

これは面白い!

 

予備校生や電気屋の跡取り息子や出版配送のアルバイト生活者など、将来がはっきりしないモラトリアムな5人の若者が、バンドやろうぜ!ってなって、がんばる話。

 

幼馴染で同級生の賢一(山内賢)と悟(浜田光夫)は、いま流行のエレキ音楽に夢中だ。

もっとも悟が夢中なのは音楽ではなくて、賢一の妹の悠子(梶芽衣子)なのだが。

そのふたりに、ライブハウスで知り合った浩(和田浩治)らが加わり、バンドを結成することになる。

 

5人が、古ぼけた教会で練習していると、めちゃくちゃ歌のうまい謎の少女ユリ子(ジュディ・オング)が現れメンバーに加わる。

バンドとしての形がととのったところで、かれらは素人バンドの全国コンクールに参加し優勝を目指すことに…。

 

東宝の青春映画(たとえば若大将シリーズ)とかと違って、日活のそれはどこか憂いを含んでいて良い。

この作品にも“祭りの後”的な寂しさが漂っている。

 

それにしても、梶芽衣子が可愛い!

悟(浜田光夫)との仲をからかわれたときの、「惚れてなんかいませぬよーだ!」が、かなりの萌えポイントだ。

ここでやられない男は、ちょっとどうかしている“笑”。

 

ジュディ・オングも、なんなのコイツってくらい歌がうまい。

最後まで謎の少女のままってのも、なんかおかしい。

 

いまではあまり作られなくなった、ど直球の青春音楽映画である。

ちなみに、この映画が公開された1966年にビートルズが来日している。

おすすめ。

 

 

▶わたしが、「青春」って言葉を恥ずかしいと感じるようになったのは、いつ頃からだろう。

『愛と青春の旅立ち』というリチャード・ギア主演の映画が公開されたのが1982年で、そのときに「めちゃ恥ずかしいタイトルだな」と思ったのを覚えているので、1980年前後あたりかな。

いや、ちがう。

もっと前だな。

中学高校じだいにすでに、歌謡曲の歌詞などに「青春」という言葉が入っていると、背中がぞくぞくしていたので、その頃にはすでに「青春」に対するアレルギーがあったってことだ。

 

なぜだろう?

わたしは、自分と自分の置かれている状況を客観視すると言うか、俯瞰で見る癖のあるガキだったので(自意識過剰と表皮一体)、若さが本来もっている人生経験の少なさからくる無鉄砲さとバカバカしさのなかに自分がいることに耐えられなかったのかもしれない。

なんてませた(と言うか老成した)くそガキなんだ“笑”。

 

しかし、すっかり老人となり果てたいまでも、「青春」と言う言葉を聞くと少し背中がぞわぞわしてしまう。

おそらく、これは、若い頃の自分を思い出して、心のなかで赤面してしまうせいだろう。

この先、ボケボケになって、若い頃の恥ずかしい行動を思い出せなくなってはじめて、背中のぞわぞわは消えるのだろうな。

あっ、逆に若い頃のことしか思い出せなくなったら、ぞわぞわが毎日続くぞわぞわ地獄に陥るのか?
それは最悪だわ。

 

 

キース・ジャレットの『サンベア・コンサート』(1978)を聴く。

 

Sun Bear Concerts

Sun Bear Concerts

  • アーティスト:Jarrett, Keith
  • 発売日: 2000/09/12
  • メディア: CD
 

 

1976年のジャパン・ツアーのライブ記録。

レコード盤の時代には箱入り10枚組だった。

現在、CDで6枚組。

京都、大阪、名古屋、東京、札幌の公園がそれぞれ1枚ずつにまとめられている。

6枚目は、札幌、東京、名古屋のアンコール演奏。

 

すべての演奏が比類なく美しい。

「芸術の目的は、瞬間的なアドレナリンの解放ではなく、むしろ、驚嘆と静寂の精神状態を生涯かけて構築することにある」と言うグレン・グールドの有名な言葉を、そのまま体現しているような音楽である。

 

最長の演奏時間は、京都のPart1で約45分。

即興演奏でこの時間は凄い。

ときどき次の音をさがしてるようなときがあるが、そこもまた良い。

 

東京公演でのアンコール演奏が好き。

強面のジャズ・ファンが「あんなのジャズじゃねぇ!」って怒るのも無理はないほど、クラシックだ。

くり返すが、とんでもなく美しい。

 

 

 

『荒野の七人』(1960)を観る。

▶『荒野の七人』を観る。

 

荒野の七人 [Blu-ray]

荒野の七人 [Blu-ray]

  • 発売日: 2016/12/02
  • メディア: Blu-ray
 

 

元ネタは、黒澤明の『七人の侍』だが、あの骨太の傑作と比べるのはヤボと言うもので、これはこれで、ひじょうに楽しい西部劇だ。

 

ヴィン役のスティーヴ・マックイーンがかっこいい。

ヴィンが、2連のショットガンに弾をこめる際、実包を振ってなかに散弾が入っているがどうか、ひとつひとつ確かめるシーンがあるのだが、こういう細かなディティールを演じるのがマックイーンはうまい。

こういうマックイーンのかっこいい仕草に、主演のユル・ブリンナーはすごく腹を立てていたらしい。

主役は俺様なんだから、俺より目立つんじゃねぇよ!ってことだったらしいが、なんか器がちいさいやねぇ。

ナイフ使いのジェームズ・コバーンも良い。

長身で(188cm)で脚が長く、立ち姿が美しい。

 

チャールズ・ブロンソンも素敵。

映画のなかでは子供好きが仇となるが、あのガキ3人組地味に腹立つわ~“笑”。

 

黒澤明の『七人の侍』に比べると、少し薄味ではあるが、それだけにサクッと楽しめる。

なにしろ黒澤版は「ビフテキの上にバターを塗って蒲焼をのせたような映画 by 黒澤明」だからね。

 

 

ドン・ヘンリーの『The End of Innocence』(1989)を聴く。

 

The End Of The Innocence

The End Of The Innocence

  • 発売日: 2015/11/19
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

Spotify の「今週のおすすめ曲集」のなかに入っていた。

発売当時すこし聴いただけなので、約30年ぶりに聴いたことになる。

イーグルスでのかれのヴォーカルは好きだが、ソロはあまり聴いてこなかったのだ。

なぜ Spotifyドン・ヘンリーをわたしにおすすめしてきたのかは、謎。

 


Don Henley - End of the Innocence

 

楽器を持たず(ドラマーなのだが、ギターも弾く)、センターマイクの前で直立不動で歌っている。

東海林太郎か(←例えが古い!)。

 

 

▶たまにマスクをしてない爺さんを見かける。

マスクしてない人は、なぜか爺さんが多い気がする。

自信満々で歩いてる感じが、妙に腹立たしい “笑”。

 

 

▶BUFFALO からすごく安いDVDディスクが発売されたので、思わず買ってしまった。

 

 

50枚で¥999である。

安い。

わたしが日ごろ愛用しているのは、これ。

 

 

こちらは50枚で¥2970である。

まあ、質は良い。

エラーはほぼない。

が、やはり高い。

 

バッファロー製を1枚使ってみた。

もんだいなく書き込める。

ただ、ちょっと匂う。

以前買ったイスラエル製よりはましだが、それでも少し臭い(イスラエル製は、部屋中が臭くなったので、速攻ですべて捨てた)。

DVDディスクは、どれも少なからず薬品臭いのだが、うーん、なんとか我慢できるレベルかなぁ。