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短編小説パラダイス #6 / 松本清張の『蓆(むしろ)』

タイトル : 蓆(むしろ)

著者 : 松本清張

収録短篇集 : 『松本清張短編全集 04 / 殺意』

出版社 : 光文社 / 文庫

殺意―松本清張短編全集〈04〉 (光文社文庫)

殺意―松本清張短編全集〈04〉 (光文社文庫)

 

 松本清張は、社会派ミステリーの巨匠として有名だが、ミステリー以外にも面白い時代物をたくさん書いる。この「蓆(むしろ)」も、そういう作品のひとつ。

 

 では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 江戸より九十六里、美濃国郡上郡八幡の領主、三万八千石の金森出雲守は、その年四月、帰国の途についた。

 

お供の中に、富岡与一郎という侍がいた。

 多くのものが、数日後には再会できる家族の顔を思い浮かべながら、軽やかに足をはこんでいたが、与一郎だけは、気分が晴れなかった。

 彼は、国元には帰りたくはなかった。あと2年は江戸にいたかったのだ。

 江戸の面白さが忘れられなくなったためではない。江戸に未練があるわけではない。それどころか、1日も早く江戸から離れたかった。

 だが、与一郎には、国元には帰りたくない深刻な理由があったのである。

 

 国元に帰ると、祝言が待っている。相手は家中でもとびきりの美人。結婚すれば、義父の引きで出世できる見込みもある。けして悪い話しではない。与一郎も、2カ月前までは、帰国を心待ちにしていたのである。

 しかし、魔が差してしまったのだ…。

 

 帰国を間近にひかえた2カ月前のある日、与一郎は両国に遊びに出た。

 いつもなら、小芝居、見世物、野天芸人、飲食店、矢場、水茶屋などをひやかして、両国の喧騒を楽しんだら、まっすぐ家路につくのだが…

 

その日は少し遅くまで遊びすぎた。芝居がはねて、掛け茶屋で卯の花ずしを食い、酒を少し飲んだので、外に出た時は、真っ暗になっていた。しかし夜は夜で、両国の風情がある。おでん屋や鍋焼きうどん、甘酒屋などが出て、看板の行灯や提灯に灯をいれてならぶ。そんなものを見ているうちに、いよいよ帰りが遅くなった。

 与一郎が柳原あたりを、少し足早に歩いていると、暗がりの中で鼠啼き(鼠の鳴き声をまねて口を鳴らすこと。遊女が客を呼び入れるときにする)の声が聞こえた。それから柳の下から、頭に手拭いをかぶった女が、茣蓙(ござ)をかかえて、ゆらりと出てきた。

 

 女は、おきよという遊女だった。

 いつもなら、そんな女は無視するのだが、その夜は違った。江戸はもう最後だという心が、冒険心を誘った。

 堅物で通っていた与一郎が、遊女の誘惑に負けてしまったのである…。

 その夜からしばらくして、与一郎は自分の身体の異常を知る。小用をするとき、灼けるような痛みをおぼえるようになったのである。

 

 与一郎は、恥と後悔で、平静を失った。そのうえ、病状がさらに悪化していくようだった。灼けるような苦痛がいっそう激しくなった。他人に言えないどころか、けどられてもならぬので、二重の忍苦だった。

 与一郎は、早く癒(なお)さねばとあせった。苦痛も苦痛だが、帰国が目前に迫っていた。

 

 帰ったら祝言が待っているのである。それまでに何とかしなければならないのだ。

 与一郎は、他人事をよそおい医師に相談する。

 医師の返答は、与一郎の心をさらに重くした。病は、膿淋というたちの悪いもので、治るのに時間がかかると言うのである。与一郎には時間がない。

 病がいっこうに良くならないまま、与一郎は江戸を離れ、国元に帰らなければならなくなった。

 そして、この与一郎の病が、帰国を急ぐ金森出雲守の行列に、とんでもない災難をもたらすことになるのである…。

 

★★★

 

◆収録短編集 『松本清張短編全集 04 / 殺意』 について

殺意―松本清張短編全集〈04〉 (光文社文庫)

殺意―松本清張短編全集〈04〉 (光文社文庫)

 

 「殺意」「白い闇」「蓆」「箱根心中」「疵」「通訳」「柳生一族」「笛壺」の8編を収録。

 文庫版短編全集(全11巻)の第4巻。

 8編のうち半分が時代ものである。「箱根心中」と「笛壺」はどちらも現代小説だが、犯罪とはまったく関係ない。とくに「箱根心中」は、ちょっとした偶然から心中することになる男女を描いて秀逸。

 

 

◆こちらもおすすめ

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松本清張作品の特徴は、現代小説にしろ、時代小説にしろ、「他責的」であることだと思います。

 本来、能力に恵まれているはずの自分が不遇なのは、努力不足のせいではない。生まれ育ちの不利と、それによる学歴不足、そして学歴不足を理由とした職場での不当な差別のせいだ。そう彼は考えているようでした。それはひとつの信念でした。自分の責任のおよぶところではない。めぐりあわせの悪さのせい、もっといえば「他者」のせいだとするのです。 ~「昭和三十年代演習」 p.3

 

 

◇『清張とその時代 / 郷原宏』(双葉社

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