単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

ありふれた日常 #51 / 冬がましだと夏に言う

 

▶午前5時起床。

すでに暑い。

クーラーの効いた部屋で熱い珈琲を飲む。

30年以上前、ポルトガルを旅行したさい、カフェに入ってアイスコーヒーを注文したらボーイに怪訝な顔をされ、けっきょくカフェオレにクラッシュした氷をぶち込んだものを「これで良いのか?」って顔で出されたことがある。

アイスコーヒーと言うものが日本人の発明で、海外では(30年前のヨーロッパではなおさら)通じないものだと言いうことを後で知った。

いまはどうなんだろう?

やはり暑い真夏でも、熱々の珈琲を飲んでいるのだろうか。

ともあれ、クーラーの聴いた部屋で飲むホットコーヒーは、とても美味しい。

 

妻が起きてくるまでに映画を1本観る。

サシャ・ギトリ監督の『とらんぷ譚』。

1936年制作のフランス映画。

脚本・主演・監督、すべてサシャ・ギトリ

ひとりの詐欺師の人生が、主人公のナレーションのみで語られていく。

登場人物の会話はほぼゼロだが、かと言って役者の動きにサイレント臭さはない。

少年時代の主人公は、ビー玉を買うために小銭を盗み、それがバレて夕食(同居している伯父の採って来たキノコ)抜きの罰を受ける。

が、それが毒キノコで、12人にいた家族はいちどに死んでしまい、彼はひとりぼっちとなる。

かなり悲惨な状況だが、「悪いことをしたために死なずにすんだ」という奇妙な体験が、かれを詐欺師の道へと導いていく…。

全編に黒いユーモアが溢れていて、とてもお洒落。

 

 

▶朝食は、徳島産の半田麺。

素麺や冷や麦よりちょっと太い。

稲庭うどんにちかいかな。

わたしは、素麺や稲庭より半田麺が好き。

 

食べると、とうぜんのように眠くなる。

十分な睡眠をとらないと老廃物が脳に蓄積されてボケの原因になるらしいので(あやふやな情報)、素直に睡魔にしたがうことにして、小一時間ほど寝る。

 

 

▶起きて、しばらくぼんやり過ごす。

“ぼんやり過ごす”と言うのは、なにもせず、なにも考えず、頭をからっぽにしたまま、文字通り“茫然”と時間をやり過ごすことを言う。

瞑想とは少し違う。

“瞑想”には凛とした意志のようなものを感じるが、我が“ぼんやり”にはそのような高尚なものは微塵もない。

生理現象のひとつとして、やむを得ずぼんやりしているわけで、そこに自己の強固な意志などないのだ。

うしろに禅宗の坊さんがいたら、警策でボコ殴りされそうな気がする。

 

年をとればとるほど、流れる時間がリアルなものになっていく。

川の流れのよ~に~、と暢気に歌っている気分ではなくなるのである。

イメージとしては、川と言うよりは流砂にちかい。

なすすべもなく、押し寄せる砂に抗いながら、ふらふらと立っている。

ときおり恐怖を感じて叫び出したくなるが、その恐怖のなかに若干の気持ちよさもあって、このまま流砂に押し流されるのも良いかも知れない、とか思ってしまう。

 

 

▶ルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』を読む。

表紙の女性が著者のルシア・ベルリンである。

文庫本の著者紹介と翻訳者岸本佐知子の解説の一文をそのまま引用する。

1936年アラスカ生まれ。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、学校教師、掃除婦、電話交換手、看護助手などをして働く。いっぽうでアルコール依存症で苦しむ。20代から自身の体験に根ざした小説を書きはじめ、77年に最初の作品集が発表されると、その斬新な「声」により、多くの同時代人作家に衝撃を与える。2004年逝去。

 ルシア・ベルリンは生涯に七十六の短編を書いた。七七年に世に出た初めての作品集A Manual for Cleaning Ladies(本というよりは小冊子に近かった)は、その声の斬新さで同時代の作家たちに衝撃を与え、一部で名を知られる存在になった。以降もバリー・ハナやレイモンド・カーヴァーフレデリックパーセルミ、リン・ティルマンといった錚々たる作家たちに影響を与えたが、存命中も死後も、「知る人ぞ知る」作家の位置づけに長くとどまっていた。

 それが大きく変わったのは二〇一五年、全作品の中から四十三編を選んだ作品集がリディア・デイヴィスの序文「物語こそがすべて」とともに新たに出版されてからだった。その本、A Mannual for Cleaning Women は刊行と同時に多くの読者から驚きとともに迎えられ、年末に各雑誌や新聞が選ぶ年間ベストテンのほぼすべてのリストを席巻した。死後十数年の時を経て、ルシア・ベルリンはついに正しく“発見”されたのだ。

 

この文庫本にはリディア・デイヴィスの序文「物語こそがすべて」と24編の短編が収められている。

すべての作品が素晴らしい。

ヘミングウェイの短編をはじめて読んだときの驚きと感動を思いだした。

なぜ、これほどの作家が長らく無名にちかかったのか、理解に苦しむ。

 

 

▶夕方になっても、まだまだ暑い。

地球はゆっくりと氷河期に向かっているらしいが(あいまいな情報)、ほんとうだろうか?

2030年あたりからプチ氷河期になるそうだが、なんとか前倒しでお願いしたい。

 

夕食はカレー。

暑いとスパイスをたくさん摂取したくなる。

 

 

▶終日部屋にいて、映画を観て、本を読んで、ぼんやりして、カレーを食べただけなのに、夜になるとぐったりしている。

年齢のせいか。

暑さのせいか。

「冬がましだと夏に言う」という川柳を思い出した。