単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

短編小説パラダイス #25 / 大泉黒石の『弥次郎兵衛と喜多八』

 

タイトル : 弥次郎兵衛と喜多八

著者 : 大泉黒石

 

収録短篇集 : 『黄(ウォン)夫人の手 / 黒石怪奇物語集』

出版社 : 河出書房新社 / 文庫

 

黄(ウォン)夫人の手 ---黒石怪奇物語集 (河出文庫)

黄(ウォン)夫人の手 ---黒石怪奇物語集 (河出文庫)

  • 作者:大泉 黒石
  • 発売日: 2013/07/05
  • メディア: 文庫
 

 

大泉黒石(おおいずみ・こくせき / 1893 – 1957):ロシア人の父と、日本人の母の間に生まれる。 

母親は黒石を生んで1週間後に他界。

その後、幼少期をロシアやフランスなどの海外で暮らす。

1919年に発表した自叙伝がベストセラーとなり、華麗に文壇にデビューし、その後売れっ子作家となるが10年ほどで徐々に忘れ去られていく。

死ぬまで誰かに媚びることなく孤高を貫いた異色の作家。

 

 では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

とある小春日和の夕刻、弥次郎兵衛は友人の喜多八を前にして冷酒を飲んでいる。

女房のお千代は外に出ていていない。

いつもは酔うと陽気になる弥次郎兵衛なのだが、今日は様子が違う。

むっつりと黙り込み、ため息ばかりついているのだ。

元はと言えば、喜多八がいけないのである…。

 

昨日のこと。

喜多八は、弥次郎兵衛の自宅を訪れ、金の無心をした。

どうやら、奉公先の金を費い込んでしまったらしい。

近いうちにも十両の金が必要になる。

貧乏な弥次郎兵衛にとっても十両は大金だが、俺に任せておけと安請け合いしてしまう。

 

困ったことになったとは思ったけれども、親兄弟も身寄りもない喜多八が、しおれ切っているのを見ていると、つい日頃の癖が出て、「明日の晩までには、なんとか都合してやる。こんな、しみったれな生計でいたって、いざとなりゃ、十両や二十両の端数金(はしたがね)に行き詰まるような俺じゃねえから、まあ落ち着いていろ」強いことを云ったのだ。”

 

翌日、弥次郎兵衛宅を訪ねた喜多八は、早く十両の金を目にしたくてうずうずしているのだが、弥次郎兵衛はなかなか金を出してくれない。

 

落ちつけなくなった喜多八は、相手が、先刻から黙然人(もくねんじん)みたように、ただ悠然と構えたっきり、猪口の縁ばかり舐めていることが、腹立たしくなって、

「お前さんみたいに、そういつ迄も人を焦らさなくってもいいじゃねえか。都合が出来たものなら早く出してくれたって、万更罰も当たるめえよ」

と云う風な催促を始めたのだった。

「嘘偽りを言うものか。苦しい思いをして拵えた金だ。少し位はお前の焦れるところも見たくならあ。今出してやるよ」

 

と言いつつ、弥次郎兵衛は、十両が工面できた奇妙ないきさつを語り始める…。

 

喜多八に安請け合いはしたものの、なかなか金は作れない。

金を渡すと約束した日の朝、早起きして金策に走ろうとしていた弥次郎兵衛のところに、年の頃四十五か五十くらいの田舎侍が訪ねて来る。

若い娘が一緒である。

この娘が、かつて弥次郎兵衛と情を通じた娘で、どうしても弥次郎兵衛と夫婦になりたいと言ってきかないので、しかたなく連れて来たと言うのだ。

 

ここから話しがねじれ始め、最後のページに至って、読者は「ええっ?」と驚くことになる。

頭の中が?マークでいっぱいになる。

で、もう一度最初から読み返すことになるのだ。

大泉黒石に奇妙な一本背負いをかまされたことはわかるのだが、それがあまりに奇妙なので、どうも納得がいかないのである。

 

奇妙な味の短編というのは世の中にたくさんあるが、これはその最たるもののひとつである。

 

 

★★★

 

 

収録短編集 『黄(ウォン)夫人の手 / 黒石怪奇物語集』 について

 

黄(ウォン)夫人の手 ---黒石怪奇物語集 (河出文庫)

黄(ウォン)夫人の手 ---黒石怪奇物語集 (河出文庫)

  • 作者:大泉 黒石
  • 発売日: 2013/07/05
  • メディア: 文庫
 

 

「戯談」「曾呂利新左衛門」「弥次郎兵衛と喜多八」「不死身」「眼を捜して歩く男」「尼になる尼」「青白き屍」「黄夫人の手」の8編を収録。

 

現在、手軽に読める唯一の短篇集。

「曾呂利新左衛門」も、怪奇小説と見せかけて、最後に「ええっ? そんな手ありか?」と言わせる異色の傑作。

 

 

こちらもおすすめ

人間開業』

 

人間開業

人間開業

 

 

「人間開業」は、黒石の処女作。

1919年に雑誌「中央公論」に「俺の自叙伝」として連載され、出版されるやベストセラーとなった作品。

 「アレキサンドル・ワホウィッチは、俺の親爺だ。親爺は露西亜人だが、俺は国際的な居候だ。」と言うカッコイイ一文で始まる自叙伝は、とても大正初めに書かれたとは思えないほどスピード感に溢れた文体で、ぐいぐい読める。

少年時代に文豪トルストイの近くに住んでいたらしいのだが、本の中では、文豪を変な爺さん呼ばわりしていて笑ってしまう。

たしかに変な爺さんっぽいのだが。