タイトル : みんなアフリカ
著者 : 永倉万治
収録短編集 : 『みんなアフリカ』
出版社 : 講談社 / 文庫
『みんなアフリカ』は、永倉万治の代表作のひとつ。
本が出版された直後(1989年)、著者は脳出血で倒れてしまう。その後、右半身麻痺と失語症を克服して復活。2000年に52歳の若さで亡くなるまで、多くの作品を残した。
残念なことに、永倉万治の本は、現在ほとんどの本が絶版状態である。この『みんなアフリカ』も例外ではない。
読み継がれるべき素敵な作家の復活を心から願っている。
では、あらすじを。
★★★
ふたりの男が登場する。どちらもクズでロクデナシである。
ひとりは、カメラマンの加藤栄吉。中年で、別れた女房と小学4年生の息子(浩)がいる。仕事はほとんどない。
元はといえば、別れた女房の京子からの電話だった。
一週間程前のこと、京子が突然電話をしてきて「あんた、ちゃんと稼いでる?」といった。
相変わらず言葉にトゲのある物言いで、栄吉は、それだけで胃のあたりが重苦しくなった。
「お前、もっと優しい言い方ができないのか。いきなり稼いでるか? っていうのはないだろう」
「やさしく言ったら、何かいいことがあるわけ?」
「……でなんだ、用件は?」
「夏休みに、浩をどっかに連れてってくれる?」
(中略)
別れて二年になるが、京子は、浩に会わせたがらない。母と子二人の新しい生活が落ちつくまでには時間がかかる。じゃまをしないでくれ。彼女の意地がそうさせるのか、ともかく栄吉が子供に会いに行くのを嫌う。
どうやら浩が、父親とキャンプに行きたがっているらしい。それを聞いて栄吉は舞い上がる。愛する息子とキャンプをしている妄想は果てしなく広がっていく…。
キャンプか……キャンプだ、浩と二人だ。
栄吉の頭の中を、山中湖や野尻湖がかすめ、グランドキャニオンやエアーズロックを馬に乗って浩と二人で旅する光景が浮かんでくる。
やがてそれはアフリカの草原に変わった。
栄吉は気負い立っていた。浩に対する父親としてのひけ目なのか、京子に対する意地なのか。自分でもよくわからないが、部屋の中を、腹の出た体をゆすりながら歩き回っているうちに、頭や胸のあたりが熱を帯びてきて、もはやアフリカしかないと思い込み始めていた。
今年の夏休みは、浩と二人でアフリカに行くんだ。
しかし、栄吉には金がない。愛する息子とアフリカに行く金などないのである。
そんなとき、仕事がらみで知り合った興信所の調査員から、「あんたの腕を見込んで、ぜひ頼みたいことがあるんだが…」という電話が入る。どこか胡散臭い依頼だったが、栄吉は仕事を引き受ける。ギャラが良かったのである。息子とのアフリカ行きが頭から離れないのだ。
仕事は、ある有閑マダムの男遊びを写真におさめることだった。マダムは、さる事業家の夫人で、自分でもいくつか会社を切り回している。その夫人の“ご乱行”の現場写真を撮ってくれというのだ。
夫人の相手の男は、工藤。
これが、ふたりめのロクデナシ。自分の母親にちかい年齢の女性と関係も持つことで生活をしている、いわゆるジゴロである。
しかし、工藤は、彼なりに悩みを抱えていた。若い女に恋をしていたのだ。そのせいか、夫人との行為の最中に萎えてしまうのである…。
ここらで、自分の人生を何とかしたい。工藤は、切実にそう思っていた。
さて、そんな二人のロクデナシが、ひょんなことから出会うことになる。
別れた女房も話しにからんできて、ストーリーは妙な具合に転がり始める。
果たして、栄吉は、アフリカ行きの夢をかなえることができるのか…?
★★★
◆収録短編集 『みんなアフリカ』 について
「みんなアフリカ」「ホセ、故郷(テキサス)へ」「黄金海岸(ゴールドコースト)にようこそ」の3編を収録。
1編が文庫本で80頁前後と、少々長いが、いずれも面白くて長さは感じさせない。一気読み間違いなし。
◆こちらもおすすめ
◇『「これでおしまい」 / 永倉萬治』(集英社)
永倉萬治、最後の短編集。
収録作品は、「サイパン島」「セロリ」「特別な一日」「シベリア寒気団の夜」「黒髪」「人蕩し」の6編を収録。
これが最後の作品集とは思えないほど充実した内容である。
収録した短編のほとんどを掲載した「オール読物」の版元(新潮社)からは、本にはできないと断られたものを、集英社が書籍化した。
◇『アニバーサリー・ソング / 永倉万治』(新潮文庫)
1989年講談社エッセイ賞を受賞。著者が脳溢血で倒れて、なんとか復活してからの受賞だった。
著者の愛犬ロズベイは、なぜ盲導犬になるための最終試験に落っこちてしまったのか?(「愛犬ロズベイ」)、ウィンダム・ヒルズ・レーベル創始者の抱える憂鬱とは何か?(「ウィリアム・アッカーマンの憂鬱」)、三島由紀夫の短編「月」の登場人物のモデルになった元野球記者が語るとっておきの話しとは?(「ハイミナーラ」)、かつて一世を風靡した映画監督が財産のほとんどを失ってもなお持ち続けている情熱とは?(「十七年目の再会」)……。
永倉万治の軽妙な語り口の向こうから、様々な人々(プラス犬一頭)の、ちょっと哀しみを含んだ人生が浮かび上がってくる。
間違いなく、永倉万治の代表作のひとつ。
◇『万治クン / 永倉有子』(集英社)
妻の永倉有子が書いた永倉万治との回想記。
二人の出会いから、東京キッドブラザーズ時代、小説家になってから、そして万治が脳出血で倒れてからの二人三脚の執筆生活などを描いている。
永倉万治の人間としての魅力が伝わってくる。
◇『ぼろぼろ三銃士 / 永倉萬治・有子』(実業之日本社)
最後の長編小説。
地方新聞に連載されていたのだが、著者の死去により中断。それを妻の永倉有子が書き継いで完成させた。
同じ時期にリストラされた3人の中年同級生が辿る後半生。中年世代への応援歌でありつつ、どこか物哀しいという永倉万治お得意のパターンである。
後半は、永倉有子の筆になるわけだが、最後までプロットができていたせいか違和感はない。