単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

奇蹟を祈ってはいるが…

 

▶休日。

天気が良く少し暖かいので、午後から外へ。

同じことを考えた人が多かったらしく、街はけっこうな人出。

ミスドでドーナッツを買おうと思って出たのだが、店内がけっこうな混み様なので、あきらめて近くのスーパーへ。

甘いスナック菓子をいくつか買って、スタスタと帰宅。

 

 

▶街で見かけたポスター。

 

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奴らは何でも音頭にするなぁ…。

 


BKKBD193 令和音頭② 北島三郎 (2019)190615 vL HD

 

観るのが辛くて1分ほどで挫折した(笑)。

「ハァ~ 家族仲良く 助け合い」とか歌ってるし…。

 

 

▶マーク・グリーニーの「暗殺者の悔恨(上下)」(早川書房)を読み始める。

 

 

世界最強の殺し屋グレイマン・シリーズの最新作。

主人公の1人称視点と、状況説明の3人称視点が違和感なく並んでいて、そういう作者の技術に軽く驚く。

今回は、人身売買組織にグレイマンが挑む。

面白くて、遅読の私がもう上巻の半分ちかく読み終わってしまった。

 

 

▶ブログで日記を書くという行為は、いったい何なのだ?、と時々考える。

有名人でもない素人の(しかもジジイの)愚にもつかない日記など誰も読みたくはあるまい。

ここで止めても誰も文句は言わない。

では、なぜ書き続けるのか?

ぱっと思いつく言葉は「惰性」だな。

ついうっかり始めちゃったもんだから、止めるに止めれなくなっている。

 

この歳になると、生きると言う行為じたいがひとつの「惰性」だと気づく。

おぎゃーと生まれたときに宇宙空間を進むためのエンジンを与えられ、20歳くらいまではなんとか自力で加速しつづけ、30歳あたりで加速をやめて、あとは慣性で進んでいるのだ。

その「慣性飛行」を、「惰性」のまま書いているだけ。

しかし「惰性」には「惰性」なりの力があって、途中でなかなか止めることができないのだ、これが。

なかなか悩ましい、今日この頃。

 

 

Keith Jarrett の「Budapest Concert」を聴く。

 

ブダペスト・コンサート

ブダペスト・コンサート

 

 

おそらくは、これがキースの最後のアルバムになるんだろうなぁ。

奇蹟を祈ってはいるが…。

心を落ち着かせようとして聴き始めたのだが、逆にざわついてしまって、今夜はなかなか眠れそうにない。