▶『愚なる妻』を観る。
1922年制作のアメリカ映画。
モノクロ、サイレント。
映画史に名を残す異人エリッヒ・フォン・シュトロハイム監督の代表作のひとつ。
“フォン”は貴族階級であることを表す単語だが、シュトロハイムは貴族家系ではない。
ウィーンの貧しい家の出身なのだが、アメリカの映画界に身を投じたさいに箔をつけるために自ら“フォン”と名乗ったのだ。
ニセ貴族ですね。
『愚かな妻』の主役も、カラムジン伯爵と名乗るじつに怪しい貴族で、シュトロハイム自身が演じている。
舞台はモンテカルロにある大きなカジノなのだが、ロケではなくて、とんでもないお金をかけてハリウッドにセットを作って撮影している。
映画の冒頭で、そのセットが紹介される。
「オレ、こんな凄いもん作ったんだけど」って感じで、字幕でスゲー自慢してくる “笑”。
「カリフォルニアの丘陵に組まれたモンテカルロの豪華セット。強力なライトが夜を昼に変える。幾千の白熱灯が輝く世界博覧会以来の熱気。モンテカルロの再現。ヨーロッパ製の自動車も輸入して使った。」
最初にメイキングをもってくる映画って、初めて観たかも。
シュトロハイムが演じるカラムジン伯爵は、オルガとベラの姉妹(カラムジンのいとこ。こいつらもかなりのワル)と一緒にモンテカルトに滞在している。
懐はすっからかんなのだが、余裕をかましているカラムジン伯爵。
はじめて登場するシーンでは、なぜか海に向かって拳銃をぶっぱなしている。
しかも、サイレンサー装着。
カラムジンたちは金を工面するために、さいきんモナコにやってきたアメリカ公使夫人に目をつける。
カラムジン伯爵が夫人に接近。
御年21歳の若い妻は、41歳の夫との生活に少し不満を持っていて、カラムジン伯爵は、そのこころの隙間にあっと言う間に入り込んでしまうのである。
めちゃくちゃ怪しい風貌なんだがなぁ…。
帽子は常に斜めかぶりだし(まあ、そういう帽子なんだけど)。
でも、稀代の女たらしと言う設定である。
嵐の夜、道に迷ったカラムジンと公使夫人は一軒のあばら家で一夜を過ごす。
濡れた服を着替える夫人の裸を、手鏡を使って盗み見するカラムジン。
すけべオヤジの無邪気な笑顔 “笑”。
しかし、カラムジン伯爵の毒牙にかかっているのは公使夫人だけではなかった。
かれは、滞在するホテルのメイドにも、結婚をエサに取り入っていたのである。
もちろん狙いは金である。
メイドは、カラムジン伯爵の「わたしはすっかり無一文なんだよぉ」と言う泣き落としにコロッと負けて、こつこつとため込んだ2000フランという大金を貢いでしまうのである。
「いつになったら結婚してくださるんですか?」と泣き崩れるメイドには、甘い言葉とキスで対応するカラムジン。
慣れたもんなのである。
クズですな。
女には強いカラムジン伯爵もギャンブルには弱いようで、せっかく手に入れた金もルーレットですってしまい、ふたたび無一文に。
逆に公使夫人はツキに恵まれて大金を手に入れてしまう。
とうぜん、この金を狙うカラムジン伯爵。
ロックオン状態である。
ホテルの一室に夫人を呼び出したカラムジン伯爵は、ここでも泣き落としの技を使う。
「明日の朝までに9万フランを返済しないと、私の命はないのです…!」
そして、泣き落としが見事に成功、カラムジンはまんまと大金をせしめるのである。
が、一部始終をメイドが見ていた!
鍵穴から覗いていたのだ。
嫉妬に狂ったメイドは、ホテルに火を放つ。
メイド役のデール・フラー(Dale Fuller)迫真の演技である。
逃げ遅れた伯爵と夫人はバルコニーから脱出をはかるも高すぎて飛び降りることができない。
ようやく到着した消防隊が救命用のクッションを用意すると、なんとカラムジン伯爵、夫人をおいて、さっさと自分だけ飛び降りてしまうのだ。
どこまでもクズ。
それにしても、この火災のシーンの迫力はすばらしい。
メイドが火をつけてから、部屋に火が回り、ふたりがバルコニーで助けを求めて叫び、消防隊がかけつけて、カラムジン伯爵と夫人が救出されるまでの流れが、見事なカットで、たたみかけるようにつながれていく。
およそ5分間、135カット(数えました)。
なんと1カット平均2秒くらいである。
瞬きもできない。
しかも固定カメラ。
凄い人だな、シュトロハイム。
火災を起こしたメイドは、崖から身を投げて自殺する。
このシーンも凄い。
海は明るく、メイドだけが、逆光なのかずっと影のままなのである。
どうやって撮ったんだろう。
さて、命からがらホテルから脱出できたカラムジン伯爵だったが(従姉妹に「女の胸に火をつけるだけでよかったのに」とか言われて苦笑い)、クズはどこまでもクズなのである。
なにを思ったか、以前から目をつけていた娘に夜這いをかけるのだ。
娘の父親は贋金作りで、従姉妹たちも世話になっている。
が、父親は娘を溺愛しており、「あの子を傷つけるやつは、誰であろうと殺す」と、以前カラムジンにも忠告していたのだ。
よりによって、なんでそんな娘に手を出そうとするかね。
案の定、カラムジン伯爵は父親に殺され、あえなくお陀仏である。
死体は、マンホールに捨てられてしまう。
最後はかんぜんに物扱いされている。
この冷たく突き放した感じがシュトロハイムか。
ホテルを逃げ出そうとしていた従姉妹のオルガとベラは、偽札を使った容疑で逮捕される。
左がオルガ、右がベラ。
ふたりとも悪い顔をしている。
カラムジン伯爵に騙されていたことを悟った公使夫人は、夫の愛を再確認するのであった。
めでたしめでたしと。
▶観終わって、こころに残っているのは、カラムジン伯爵、すなわち監督でもあるシュトロハイムの異様な個性である。
後年、映画が撮れなくなってからは性格俳優として活躍しただけはある。
ストーリーじたいは、たいして複雑でもユニークなものでもないのだが、シュトロハイムの存在が、この映画をとてつもなく面白いものにしている。
完全版(つまりシュトロハイムの望む形のフィルム)は、全編で6時間あるらしいのだが、映画会社が「おまえ、ふざけんなよ!」と言うことでズタズタにカット。
まあ、しょうがないですね。
しかし、次作の『グリード』はさらに長尺の9時間というあたりが、シュトロハイム。
ぜんぜん凝りてない。
このひとは、24時間すべて、あるいは人生のすべてを映画のなかに封じ込めたかったのかも知れない。
そして、その映画の世界で生きていきたかったのかも。
知らんけど。
この作品をひとに勧めるかと言うと、うーん微妙。
モノクロでサイレントで、2時間ちかくは、いささかキツイ。
配信もされておらず、DVDレンタルも置いてる店は少ない。
幸いすでに著作権フリー状態なのでYouTubeで「Foolish Wives」と検索すればDVDよりキレイな映像で観ることができる(わたしが観たDVD版よりはるかにキレイ)。
ラストちかくの火災シーンだけでも、ぜひ。