単純な生活

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短編小説パラダイス #15 / 永倉万治の『みんなアフリカ』

 

タイトル : みんなアフリカ

著者 : 永倉万治

収録短編集 : 『みんなアフリカ』

出版社 : 講談社 / 文庫

みんなアフリカ (講談社文庫)

みんなアフリカ (講談社文庫)

 

 

『みんなアフリカ』は、永倉万治の代表作のひとつ。

本が出版された直後(1989年)、著者は脳出血で倒れてしまう。その後、右半身麻痺と失語症を克服して復活。2000年に52歳の若さで亡くなるまで、多くの作品を残した。

残念なことに、永倉万治の本は、現在ほとんどの本が絶版状態である。この『みんなアフリカ』も例外ではない。

読み継がれるべき素敵な作家の復活を心から願っている。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

ふたりの男が登場する。どちらもクズでロクデナシである。

ひとりは、カメラマンの加藤栄吉。中年で、別れた女房と小学4年生の息子(浩)がいる。仕事はほとんどない。

 

 元はといえば、別れた女房の京子からの電話だった。

 一週間程前のこと、京子が突然電話をしてきて「あんた、ちゃんと稼いでる?」といった。

 相変わらず言葉にトゲのある物言いで、栄吉は、それだけで胃のあたりが重苦しくなった。

 「お前、もっと優しい言い方ができないのか。いきなり稼いでるか? っていうのはないだろう」

 「やさしく言ったら、何かいいことがあるわけ?」

 「……でなんだ、用件は?」

 「夏休みに、浩をどっかに連れてってくれる?」

 (中略)

 別れて二年になるが、京子は、浩に会わせたがらない。母と子二人の新しい生活が落ちつくまでには時間がかかる。じゃまをしないでくれ。彼女の意地がそうさせるのか、ともかく栄吉が子供に会いに行くのを嫌う。

 

どうやら浩が、父親とキャンプに行きたがっているらしい。それを聞いて栄吉は舞い上がる。愛する息子とキャンプをしている妄想は果てしなく広がっていく…。

 

 キャンプか……キャンプだ、浩と二人だ。

 栄吉の頭の中を、山中湖や野尻湖がかすめ、グランドキャニオンやエアーズロックを馬に乗って浩と二人で旅する光景が浮かんでくる。

 やがてそれはアフリカの草原に変わった。

 栄吉は気負い立っていた。浩に対する父親としてのひけ目なのか、京子に対する意地なのか。自分でもよくわからないが、部屋の中を、腹の出た体をゆすりながら歩き回っているうちに、頭や胸のあたりが熱を帯びてきて、もはやアフリカしかないと思い込み始めていた。

 今年の夏休みは、浩と二人でアフリカに行くんだ。

 

しかし、栄吉には金がない。愛する息子とアフリカに行く金などないのである。

そんなとき、仕事がらみで知り合った興信所の調査員から、「あんたの腕を見込んで、ぜひ頼みたいことがあるんだが…」という電話が入る。どこか胡散臭い依頼だったが、栄吉は仕事を引き受ける。ギャラが良かったのである。息子とのアフリカ行きが頭から離れないのだ。

仕事は、ある有閑マダムの男遊びを写真におさめることだった。マダムは、さる事業家の夫人で、自分でもいくつか会社を切り回している。その夫人の“ご乱行”の現場写真を撮ってくれというのだ。

 

夫人の相手の男は、工藤。

これが、ふたりめのロクデナシ。自分の母親にちかい年齢の女性と関係も持つことで生活をしている、いわゆるジゴロである。

しかし、工藤は、彼なりに悩みを抱えていた。若い女に恋をしていたのだ。そのせいか、夫人との行為の最中に萎えてしまうのである…。

ここらで、自分の人生を何とかしたい。工藤は、切実にそう思っていた。

 

さて、そんな二人のロクデナシが、ひょんなことから出会うことになる。

別れた女房も話しにからんできて、ストーリーは妙な具合に転がり始める。

 

果たして、栄吉は、アフリカ行きの夢をかなえることができるのか…?

 

 

★★★

 

 

収録短編集 『みんなアフリカ』 について

みんなアフリカ (講談社文庫)

みんなアフリカ (講談社文庫)

 

 

「みんなアフリカ」「ホセ、故郷(テキサス)へ」「黄金海岸ゴールドコースト)にようこそ」の3編を収録。

1編が文庫本で80頁前後と、少々長いが、いずれも面白くて長さは感じさせない。一気読み間違いなし。

 

 

こちらもおすすめ

『「これでおしまい」 / 永倉萬治』(集英社

「これで おしまい」

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 永倉萬治、最後の短編集。

 収録作品は、「サイパン島」「セロリ」「特別な一日」「シベリア寒気団の夜」「黒髪」「人蕩し」の6編を収録。

 これが最後の作品集とは思えないほど充実した内容である。

 収録した短編のほとんどを掲載した「オール読物」の版元(新潮社)からは、本にはできないと断られたものを、集英社が書籍化した。

 

 

『アニバーサリー・ソング / 永倉万治』(新潮文庫

 

アニバーサリー・ソング (新潮文庫)

アニバーサリー・ソング (新潮文庫)

 

 

1989講談社エッセイ賞を受賞。著者が脳溢血で倒れて、なんとか復活してからの受賞だった。

著者の愛犬ロズベイは、なぜ盲導犬になるための最終試験に落っこちてしまったのか?(「愛犬ロズベイ」)、ウィンダム・ヒルズ・レーベル創始者の抱える憂鬱とは何か?(「ウィリアム・アッカーマンの憂鬱」)、三島由紀夫の短編「月」の登場人物のモデルになった元野球記者が語るとっておきの話しとは?(「ハイミナーラ」)、かつて一世を風靡した映画監督が財産のほとんどを失ってもなお持ち続けている情熱とは?(「十七年目の再会」)……。

永倉万治の軽妙な語り口の向こうから、様々な人々(プラス犬一頭)の、ちょっと哀しみを含んだ人生が浮かび上がってくる。

間違いなく、永倉万治の代表作のひとつ。

 

 

『万治クン / 永倉有子』(集英社

万治クン

万治クン

 

 

妻の永倉有子が書いた永倉万治との回想記。

二人の出会いから、東京キッドブラザーズ時代、小説家になってから、そして万治が脳出血で倒れてからの二人三脚の執筆生活などを描いている。

永倉万治の人間としての魅力が伝わってくる。

 

 

『ぼろぼろ三銃士 / 永倉萬治・有子』(実業之日本社

ぼろぼろ三銃士

ぼろぼろ三銃士

 

 

最後の長編小説。

地方新聞に連載されていたのだが、著者の死去により中断。それを妻の永倉有子が書き継いで完成させた。

同じ時期にリストラされた3人の中年同級生が辿る後半生。中年世代への応援歌でありつつ、どこか物哀しいという永倉万治お得意のパターンである。

後半は、永倉有子の筆になるわけだが、最後までプロットができていたせいか違和感はない。

 

 

 

短編小説パラダイス #14 / 能島廉(のしま・れん)の『競輪必勝法』

 

タイトル : 競輪必勝法

著者 : 能島 廉 (のしま・れん)

収録短編集 : 『全集・現代文学の発見・別巻 / 孤独のたたかい』

出版社 : 學藝書林

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

 

 

能島廉(1929 – 1964)は、生涯に12編ほどの短編を残し、35歳の若さで亡くなった。作品のほとんどは東京大学の同人誌『新思潮』に発表されている。ちなみに同人には、三浦朱門阪田寛夫曽野綾子有吉佐和子、梶山俊之、阿川弘之らがいる。

小学館の学習雑誌で編集長を務めながらも、酒とギャンブル(競輪)に溺れる日々を過ごし、やがて体を壊して小学館を退社。その後もギャンブルをやめることはなく、それがたたって死去。

「競輪必勝法」は、著者の遺作。

酒と競輪と女に溺れる日常を描いて、間然するところのない傑作である。

 

では、あらすじを。

 

 

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短編小説パラダイス #13 / エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』

 

タイトル : アッシャー家の崩壊

著者 : エドガー・アラン・ポー

収録短篇集 : 『黒猫・アッシャー家の崩壊 / ポー短編集Ⅰ ゴシック編』

訳者 : 巽 孝之

出版社 : 新潮社 / 文庫

黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)

黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)

 

 

ポーの代表作のひとつ。

数多く書かれたホラー小説の頂点に今なお位置する傑作。

 

では、あらすじを。

 

 

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短編小説パラダイス #12 / トーマス・オーウェンの『黒い玉』

タイトル :黒い玉

著者 : トーマス・オーウェン

収録短篇集 : 『黒い玉 ~十四の不気味な物語~』

訳者 : 加藤尚宏

出版社 : 創元推理文庫

黒い玉 (創元推理文庫)

黒い玉 (創元推理文庫)

 

 

 トマス・オーウェン (1910 – 2002) は、ベルギーの幻想作家。経済界の重鎮としても活躍した。

「黒い玉」は、オーウェンの代表作のひとつ。読後、じわじわと怖くなる。

 

 では、あらすじを。

 

★★★

 

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短編小説パラダイス #11 / アーネスト・ヘミングウェイの『敗れざる者』

タイトル :敗れざる者

著者 : アーネスト・ヘミングウェイ

収録短編集 : 『ヘミングウェイ短篇集』

訳者 : 西崎憲

出版社 : 筑摩書房 / ちくま文庫

ヘミングウェイ短篇集 (ちくま文庫)

ヘミングウェイ短篇集 (ちくま文庫)

 

 

22歳のときから7年間、ヘミングウェイは新妻のハドリーと共にパリで暮らす。パリに渡ったときにはまったくの無名だったヘミングウェイだが、パリを離れてアメリカへ戻るときには、新世代を代表する作家になっていた。

ヘミングウェイは、パリ時代に長篇『陽はまた昇る』と『武器よさらば』を書き、多くの優れた短編を書く。

「敗れざる者」は、第2短編集『男だけの世界(Man Without Woman)』の冒頭に置かれた傑作。舞台は、彼がこよなく愛した土地、スペイン。そして、後にノンフィクション(「午後の死」)を書くほど夢中になった闘牛と闘牛士の物語である。

 

では、あらすじを。

 

★★★

 

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本の本 #3 / 読書エッセイ Part 1

 

本、あるいは読書に関するエッセイ集を紹介する。

Part 1ってことは、とうぜんPart 2もあるわけである。いつアップするかは未定だが。

 

 

01. 『人の読まない本を読む / 山下武』(本の友社)

人の読まない本を読む―赤耀館読書漫録

人の読まない本を読む―赤耀館読書漫録

 

 書評専門紙「週刊読書人」に連載されていたコラムをまとめたもの。

 「人の読まない本を読む」というタイトルが良い。このままブログのタイトルに使えそうだ。まんまパクるのはまずいだろうから少し変えて、「人の読まない本はボクも読まない」とか。

 それにしても、知らない名前がたくさん出てきて、読んでいるうちに頭がくらくらしてくる。土田杏村とか中山呑海とか、どこの誰だよ。

 

 こういうコラムを書く人は、たいてい古書好きで(と言うか、読みたい本が古本でしか売ってなかったりするわけで)、古書店から送られてくる即売会の目録をよく読んでいるし、古書店巡りも日常生活のルーティンワークのひとつになっている。じつを言うと、わたしは20歳の頃から約20年間、都内の某古書店で働いていたので、この手の人には、ふつうの人よりは少し詳しい。はっきり書くけど、ちょっと気持ち悪いです(笑)。

 

 で、そんな本オタクが書いた本が面白いかと言うと、これがめちゃくちゃ面白い。ところどころに辛気臭い文章が現れるが(例 : 「それにつけても、いかにも貧相なのがこの国のエンターテインメントだ。『レ・ミゼラブル』や『永遠の都』と比較できるような作品がただの一つでもあるだろうか?)、そういうときは、うっせーよジジイ、と心のなかで突っ込みをいれて読み進めればよろしいのだ。

 

 

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短編小説パラダイス #10 / 岡田睦の『火』

 

タイトル :火

著者 : 岡田睦

収録短篇集 : 『明日なき身』

出版社 : 講談社 / 文芸文庫 (2017

明日なき身 (講談社文芸文庫)

明日なき身 (講談社文芸文庫)

 

 文庫カバーの袖に書かれている著者略歴は以下の通り。

岡田睦(おかだぼく)、1932年東京生まれ。慶応義塾大学文学部仏文科卒。1960年に「夏休みの配当」で芥川賞候補。3度目の妻と離婚後、生活に困窮し、生活保護を受けながら居所を転々とし、『群像』2010年3月号に「灯」を発表後、消息不明。

 

 消息不明というのが凄い。

 

 では、あらすじを。

 

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