タイトル :敗れざる者
著者 : アーネスト・ヘミングウェイ
収録短編集 : 『ヘミングウェイ短篇集』
訳者 : 西崎憲
22歳のときから7年間、ヘミングウェイは新妻のハドリーと共にパリで暮らす。パリに渡ったときにはまったくの無名だったヘミングウェイだが、パリを離れてアメリカへ戻るときには、新世代を代表する作家になっていた。
ヘミングウェイは、パリ時代に長篇『陽はまた昇る』と『武器よさらば』を書き、多くの優れた短編を書く。
「敗れざる者」は、第2短編集『男だけの世界(Man Without Woman)』の冒頭に置かれた傑作。舞台は、彼がこよなく愛した土地、スペイン。そして、後にノンフィクション(「午後の死」)を書くほど夢中になった闘牛と闘牛士の物語である。
では、あらすじを。
★★★
マヌエル・ガルシアは、すでにピークを過ぎた闘牛士(マタドール)である。物語は、かれが仕事をもらうためにプロモーターの事務所を訪ねるところから始まる。
しかし、プロモーターのレタナは、かれに冷たい。
明日の夜、出られなくなった奴の代役の仕事ならあると言う。
「何で来週のに入れてくれないんだ」 マヌエルは提案した。
「おまえだと客が入らない。みんなが見たいのはリトリやラビトやラ・トレだ。あの小僧たちはなかなかいい」
「みんなおれが仕留めるところを見にくるさ」マヌエルは希望をこめて言った。
「いや、こない。おまえが誰かみんなもう知らないんだ」
なんとか夜の仕事をもらったマヌエルは、カフェで古くからの友人のスリト(かれはピカドール、馬上から槍を突いて牛を弱らせる役)に会う。
マヌエルは、スリトに一緒に闘ってくれるように頼む。
「明日の夜、おれのために二頭の牛を突いてくれないか」 テーブルの向こうのスリトを見あげながらマヌエルは言った。
「だめだ」 スリトは言った。「おれは槍突きはもうやってないんだ」
(中略)
「何のためにつづけてるんだ」 スリトが尋ねた。「なんで弁髪を切らないんだ、マノロ」
「何でだろうな」
「おまえはおれとほとんど同じくらいの歳だ」
「分からない」 マヌエルは言った。「おれはやらなきゃいけない。もし五分五分でやれるんだったら、やるだけだ。おれはこれをつづけなきゃいけないんだ、マノス」
「おまえは分かってない」
「いや、分かってる。おれはやめようとしてきた」
闘牛の出来が悪ければ引退することをマヌエルに確約させて、スリトは友人のために槍を突くことを決意する。
「これでおまえは引退だ。くだらん遊びはもう終わりだ。おまえは弁髪を切ることになる」
「引退することにはならない」マヌエルは言った。「見てな、おれはたくさんやってきた」
そして、マヌエルは自らの引退を賭け、夜の闘牛場に立つのだった…。
ぜんたいの7割が迫力満点の闘牛シーンである。
一切の無駄を省いた描写が連続し、“敗れざる者”マヌエルの闘いを描き出す。
★★★
◆収録短編集 『ヘミングウェイ短篇集』 について
「殺し屋」「キリマンジャロの雪」などの短篇小説史上に残る名作から、「雨のなかの猫」や「橋のたもとの老人」などの愛らしい小品まで、全14編を収録。
◆こちらもおすすめ
高見浩訳による短編全集。
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小川高義による新訳。
ヘミングウェイ存命中では最後の出版となった名作。
これもまた、“敗れざる者”の物語。
◇『ベスト・ストーリーズ Ⅰ』(早川書房)
雑誌「ニューヨーカー」から18編を選んだアンソロジー。
リリアン・ロスの名リポート「ヘミングウェイの横顔―“さあ、皆さんのご意見はいかがですか?”」が入っている。
ヘミングウェイは、酒ばかり飲んでいる。
高見浩は、現在新潮文庫から出ているヘミングウェイ作品のほとんどを訳している翻訳家。
この本は、雑誌に載ったエッセイや、訳した本の解説として書いた文章などを、ヘミングウェイが辿った人生の流れに沿って並べ替えてまとめたもの。
表紙に若き日のヘミングウェイの写真が使われているが、トム・クルーズ似のハンサムである。これで才能があったわけで、そりゃあモテるわなあ。
◇『砂の上の黒い太陽 / 林栄美子 編』(人文書院)
闘牛をテーマにしたアンソロジー。
ヘミングウェイの短編「世界の首都」をはじめ、バタイユ、コクトー、小川国夫などの小説(主に長編小説の抜粋)、エッセイ、詩、写真などを収める。とくに奈良原一高の写真が素晴らしい。