単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

短編小説パラダイス #19 / 古木鐵太郎の『紅いノート』

 

タイトル : 紅いノート

著者 : 古木鐵太郎

収録短編集 : 『私小説の冒険 1 / 貧者の誇り』

出版社 : 勉誠出版

貧者の誇り (コレクション私小説の冒険 1)

貧者の誇り (コレクション私小説の冒険 1)

 

 

古木鐵太郎(こき・てつたろう)は、1899年(明治32年)に鹿児島に生まれ、1920年(大正9年)に上京し、改造社に入社。改造社は後に円本ブームなどで大きな出版社となるが、古木が入ったころは営業もいれて社員はわずか7人だった。古木は編集者として葛西善三ら多くの作家たちと交わり、自らも作家を目指すようになる。

1927年に改造社を辞め、本格的に小説を書き始める。発表の舞台はマイナーな文芸誌ばかりで、作品はたいして評判にもならず、生活は困窮する。

昭和28年(1953年)に体調をくずし、回復することなく、翌年逝去。享年55歳。

生前に出版された小説集は、わずか1冊だけである。

 

「紅いノート」は、死後に出版された小説集に収められている作品。

尾崎一雄は、《この作品は、発表当時はもとより、今に至るまで、誰からも何とも云われていない。しかし私は、忘れることができない》と書き残している。

……誰からも何とも云われていない、と言うのが凄い。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

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短編小説パラダイス #18 / モーパッサンの『トワーヌ』

 

タイトル : トワーヌ

著者 : ギ・ド・モーパッサン

収録短編集 : 『モーパッサン短編集 Ⅰ』

訳者 : 青柳瑞穂

出版社 : 新潮社 / 文庫

モーパッサン短編集 (1) (新潮文庫 (モ-1-6))

モーパッサン短編集 (1) (新潮文庫 (モ-1-6))

 

 

モーパッサンの短編には悲惨な結末のものが多いが、コミカルな作品もけっこう多いのである。

「トワーヌ」は、モーパッサンの書いたコントのなかでも傑作のひとつ。おどろくほどくだらない話しなのだが、おどろくほど面白い。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

風曲(かぜまがり)村の居酒屋の亭主トワーヌは、その地区でいちばんのデブ男で、おまけに大酒のみだった。客にブランデーを勧めて、ついでに自分もご相伴にあずかり、ぐいぐい飲んでしまう。達者な口で冗談を喋り続ける。陽気な男なので、客のウケはすこぶる良い。

しかし、女房のウケはひじょうに悪い。

 

これが生まれつき不機嫌な女で、これまで何につけても不満でとおしてきた。世界じゅうを相手に腹をたてているが、とりわけ、自分の亭主に根をもっている。亭主が気さくで、有名で、壮健で、肥満であることが、しゃくにさわってならないのである。亭主が遊んでいて金をもうけるからと言いて、やくざ者あつかいにする。亭主が普通人の十人前くらい飲み食いするからと言って、穀つぶし呼ばわりする。この女房ががみがみどならずに日の暮れたためしは一日としてなかった。

 

女房は、亭主の肥満した腹を指さしては、「その布袋腹め、米袋みたいに、はりさけるから!」と叫ぶのだった。しかし、トワーヌは、ぽんぽんとお腹をたたいて、げらげら笑うだけ。相変わらず、飲んで食べて、冗談を言って、飲み仲間と騒ぎ続けるのだった。

 

しかし、ついにその日はやって来た…。

トワーヌは、卒中でぶっ倒れたのだ。

半身不随で、店とは仕切りひとつで隔てられた部屋に寝かされた。

 

 それでも、彼はあいもかわらず陽気だった。陽気だといっても、今度はすこしようすがちがって、前よりも臆病で、内気なところがある。日がな一日、わめきたてる女房の前で、小さな子供のようにおずおずしている。

「それ見やがれ、でぶの穀つぶしめが、それ見やがれ、やくざ者めが、のらくら者めが! でぶの酒くらいめ! なんてざまだ! こりゃ、なんてざまだ!」

亭主はもう口答えしなかった。

 

さて、トワーヌの悪友のひとりが冗談で言った一言から、前代未聞の騒動が始まる。

近隣の住民は、その騒動を一目見ようとトワーヌの家に押しかけ、彼はまた有名人になるのだった…。

 

どんなことが起きたのかは、ここでは書かない。

しかし、まあ、こんなくだらないことをよく思いつくなあ。

 

 

 

◆収録短編集 『モーパッサン短編集 Ⅰ』 について

モーパッサン短編集 (1) (新潮文庫 (モ-1-6))

モーパッサン短編集 (1) (新潮文庫 (モ-1-6))

 

 

訳者は青柳瑞穂。

モーパッサンが、その短い生涯に残した短編の数は360編あまり。そこから代表作65編を選び、テーマごとに3冊に分けた作品集の第1巻。

 

第1巻の収録作品は、「トワーヌ」「酒樽」「田舎娘のはなし」「ベロムとっさんのけだもの」「紐」「アンドレの災難」「奇策」「目ざめ」「木靴」「帰郷」「牧歌」「旅路」「アマブルじいさん」「悲恋」「未亡人」「クロシェート」「幸福」「椅子なおしの女」「ジュール叔父」「洗礼」「海上悲話」「田園悲話」「ピエロ」「老人」の全24編。

主に、モーパッサンが生まれ育ったノルマンディー地方の農村と農夫の生活を描いている。

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『モーパッサン短篇選 / 高山鉄男・編訳』(岩波書店 / 文庫)

モーパッサン短篇選 (岩波文庫)

モーパッサン短篇選 (岩波文庫)

 

 

収録作品は、「水の上」「シモンのパパ」「椅子直しの女」「田園秘話」「メヌエット」「二人の友」「旅路」「ジュール叔父」「初雪」「首飾り」「ソヴァージュばあさん」「帰郷」「マドモワゼル・ペルル」「山の宿」「小作人」の全15編。

有名なのは、「ジュール叔父」と「首飾り」だが、「二人の友」「ソヴァージュばあさん」の2作も戦争の悲惨さを描いて深い余韻を残す。

 

 

◇『モーパッサン短篇集 / 山田登世子・編訳』(筑摩書房 / 文庫)

モーパッサン短篇集 (ちくま文庫)

モーパッサン短篇集 (ちくま文庫)

 

 

収録作品は、「みれん」「ざんげ」「ジュールおじさん」「ミス・ハリエット」「首飾り」「旅にて」「森のなか」「逢いびき」「オンドリが鳴いたのよ」「ピクニック」「宝石」「男爵夫人」「めぐりあい」「水の上」「死せる女」「亡霊」「眠り椅子」「死者のかたわらで」「髪」「夜」の、全20編。

岩波文庫版と比べると戦争ものが1編も入っておらず、かわりに岩波版より怪奇ものが多い。とくに最後の「夜」は凄い。

 

 

 

 

短編小説パラダイス #17 / 小山清の『落穂拾い』

タイトル : 落穂拾い

著者 : 小山清

収録短編集 : 『落穂拾い・犬の生活』

出版社 : 筑摩書房 / 文庫

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

 

 

小山清(1911 – 1965)は、東京浅草に生まれ育った小説家。1940年に太宰治を訪ねて、それ以後師事するが、小説家となったのは太宰の死後である。

芥川賞候補に3度なるが(第26回、27回、30回)、いずれも受賞は逃している。

1958年に脳血栓から失語症となっているので、作家としての活動はわずか数年である。その短い作家生活の間に、ちいさな宝石のような作品をいくつか残した。

「落穂拾い」も、そんな作品のひとつ。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

語り手の“僕”は、武蔵野市の片隅に住み、小説を書いている。毎日、本を読んだり散歩をしてりしているうちに日が暮れてしまう。

誰とも交わることもなく、ひとり静かに生きている。

そんな“僕”が、日常から掬い取って来た風景が、スケッチ画のように語られていく。

 

隣に住む読書好きの青年のこと(会話を交わしたことはない)、よく立ち寄る「焼き芋屋」の婆さんのこと(世間話などしない)、むかし夕張炭鉱で一緒に働いていたF君の話、神楽坂の夜店でみた似顔絵描きの話、などなど。

誰とも交流せずに生きている“僕”の孤独が、じわりと伝わって来る。

 

 僕は一日中誰とも言葉を交わさずにしまうことがある。日が暮れると、なんにもしないくせに僕は疲れている。一日だけのエネルギーがやはりつかい果たされるのだろう。額に箍(たが)をしめられたような気分で、そしてふと気がつく。ああ、今日も誰とも口をきかなかったと。これはよくない。きっと僕は浮腫(むく)んだような顔をしているに違いない。誰とでもいい。そしてふたこと、みことでいいのだ。たとえばお天気の話などでも。それはほんの一寸した精神の排泄作用に属することなのだから。

 

 

やがて“僕”は、ひとりの少女と知り合い、口をきくようになる。

少女は、駅の近くて「緑陰書房」という小さな古本屋を商っていて、そこで“僕”はよく均一本を買うのである。

“僕”が小説を書いていることを知った少女は、“僕”にむかってこう言うのだ。

「わたし、おじさんを声援するわ」

 

最初から最後まで、爽やかな風が吹いているような小説である。

冒頭で、《誰かに贈物をするような心で書けたらなあ》という一文があるが、まさにそういう、贈物のような小説である。

最後まで読んでから、冒頭の一文に戻ると、著者の孤独に気づかされ、少し気持ちがうなだれる。

 

 

 

◆収録短編集 『落穂拾い・犬の生活』 について

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

落穂拾い・犬の生活 (ちくま文庫)

 

 

第1作品集の『落穂拾い』と、第3作品集『犬の生活』を合わせたもの。収録作品は以下の通り。

 

『落穂拾い』

「わが師への書」「聖アンデルセン」「落穂拾い」」「夕張の宿」「朴歯の下駄」「安い頭」「桜林」

 

『犬の生活』

「犬の生活」「早春」「前途なお」「西隣塾記」「生い立ちの記」「遁走」「その人」「メフィスト

 

解説を、『ビブリア古書堂』シリーズで、小山清再評価のきっかけを作った三上延が書いている。

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『日日の麺麭・風貌 / 小山清』(講談社文芸文庫

 

収録作品は、「落穂拾い」「 朴歯の下駄」「桜林」「おじさんの話」「日日の麺麭」「聖家族」「栞」「老人と鳩」「老人と孤独な娘」「風貌 ― 太宰治のこと」「井伏鱒二によせて」の全11編。

いずれも面白いが、なかでも、太宰治を追悼した「風貌」が絶品。

「老人と鳩」と「老人と孤独な娘」は、著者が、失語症を患いながら書き上げた作品。一文一文を吐き出すような、息の短い文章で綴られている。

 

 

◇『小さな町 / 小山清』(みすず書房

小さな町 (大人の本棚)

小さな町 (大人の本棚)

 

 

小山清の第二創作集。

収録作品は、「小さな町」「をぢさんの話」「西郷さん」「離合」「彼女」「よきサマリア人」「道連れ」「雪の宿」「与五さんと太郎さん」「夕張の春」の、全10編。

著者が、新聞配達をして戦前の数年間を暮した下谷竜禅寺町、炭鉱夫として暮らした夕張の町のことを静かに語る。

解説は、堀江敏幸

 

 

◇『ビブリア古書堂の事件手帖 1 / 三上延』()

 

 

小山清再評価のきっかけになった連作ミステリー短編集の第1巻。

鎌倉の片隅でひっそりと営業している古書店「ビブリア古書堂」。持ち込まれる古書とそれにまつわる謎を、若き店主栞子さんが解き明かす。

 

第1巻で扱う本は、「夏目漱石全集・新書版」「落穂拾い・聖アンデルセン / 小山清」「論理学入門 / ヴィノグラードフ・クジミン」「晩年 / 太宰治」の4冊。

第1巻を読むと、残りの巻も必ず読みたくなる。

 

 

◇『市井作家列伝 / 鈴木地蔵』(右文書院)

市井作家列伝

市井作家列伝

 

 

著者の愛する私小説家たちの生涯と、作品の魅力を語ったエッセイ集。

とりあげている作家は、木山捷平川崎長太郎、古木鐵太郎、小山清など16人。文学全集などでは他の作家との合集、あるいは名作集に1編か2編入るような、いわゆる“マイナー・ポエット”と言われる作家ばかりである。

「文游」という同人誌に連載していたものをまとめた本だが、同人誌レベルの文章ではない。

 

 

短編小説パラダイス #16 / テッド・チャンの『商人と錬金術師の門』

 

タイトル : 商人と錬金術師の門

著者 : テッド・チャン

収録短編集 : 『ここがウィネトカなら、きみはジュディ / 時間SF傑作選』

訳者 : 大森望

出版社 : 早川書房 / 文庫

ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

 

 

テッド・チャンは現代SF界最高の作家のひとり。

1967年ニューヨーク生まれの中国系アメリカ人。デビュー作の「バビロンの塔」でいきなりネビュラ賞ヒューゴー賞と並ぶSF界のビッグ・タイトル)を受賞。

きわめて寡作で、デビューしてから28年間で、発表した中短編がわずかに13編である。

さいきんでは、代表作のひとつ「あなたの人生の物語」(ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞)が映画化されて話題になった。

「商人と錬金術師の門」は、2007年発表の作品で、これもヒューゴー賞ネビュラ賞を受賞している。

 

では、あらすじを。

 

★★★

 

 

はるか昔、中東バグダッドでのこと。

裕福な織物商であるフワード・イブン・アッバスは、ある日ひとりの老人と出会う。市場の一等地に店をかまえる老人は、名をバシャラートと言い、店の中には、これまで目にしたこともないような驚くべき品々が所狭しと並べられていた。銀を象嵌した七枚の皿を擁する天体観測器、正時に鐘を鳴らす水時計、風が吹くと歌う真鍮製の小夜鳴き鳥、などなど…。すべて、老人の工房で作られたものだと言う。

しかし、本当に凄い発明品は店の奥に隠されていたのである…。

 

わたしが導かれたのは、胸の高さまである頑丈そうな台座の前でした。台座の上には金属製の太い輪が直立した状態で据えられていました。輪の内径は、さしわたしが両手をいっぱいに伸ばしたほどあり、へりの部分はたいそう太くて,屈強な男でも運ぶのに骨が折れそうでした。金属は夜の闇のように黒く、しかしつるつるに磨き上げられているため、もしべつの色であれば鏡になっただろうと思うほどでした。

 

黒い輪は、“歳月の門”と名付けられた一種のタイムマシンだった。

輪を、片方からくぐると20年後の未来に行くことができ、別の方向からくぐると20年後の過去に行くことができるのである。

しかし、“歳月の門”は、人を未来へも過去へも運ぶことができるが、人は未来も過去も変えることができないと言うことをアッバスは知る。

それでも、アッバスは門をくぐることを決心する。彼には、過去に戻って、どうしても確かめたいことがあったのだ。そして、出来ることなら、過去のある出来事を変えようと考えていたのである。

はたしてアッバスは過去の何を確かめ、何を変えようとしていたのか?

そして、彼の企ては成功するのか?

 

時間旅行の物語であると同時に、類まれなラブストーリーでもある傑作。

 

 

★★★

 

 

◆収録短編集 『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』 について

ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

 

 

大森望編集による時間SF傑作選。

テッド・チャンの「 商人と錬金術師の門」のほか、プリーストの名作「限りなき夏」、人生の長い時間をスキップしながら生きる男女の愛を描いたF・M・バズビイの傑作「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」、月曜日から火曜日を飛び越えて、いきなり水曜日に来てしまった男の顛末を描くスタージョンの異色作「昨日は月曜日だった」など、時間SFの傑作を13編収録したアンソロジー

 

 

◆こちらもおすすめ

◇『あなたの人生の物語 / テッド・チャン』(早川SF文庫)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

現在刊行されているテッド・チャン唯一の短篇集。

収録作品は、「バビロンの塔」「理解」「ゼロで割る」「あなたの人生の物語」「七十二文字」「人類科学の進化」「地獄とは神の不在なり」「顔の美醜について―ドキュメンタリー」の全8編。

映画化もされた「あなたの人生の物語」が、やはり群を抜いて面白い。

 

 

◇『SFマガジン700(海外編) / 山岸真・編』(早川書房 / 文庫)

 

日本のSFシーンをリードしてきたSFマガジンが創刊700号を迎えたことを記念して刊行されたアンソロジー

収録作品は、「遭難者 / A・C・クラーク」「危険の報酬 / ロバート・シェクリイ」「夜明けとともに霧は沈み / ジョージ・R・R・マーティン」「ホール・マン / ラリイ・ニーヴン」「江戸の花 / ブルース・スターリング」「いっしょに生きよう / ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア」「耳を澄まして / イアン・マクドナルド」「対称 / グレッグ・イーガン」「孤独 / アーシュラ・K・ル・グィン」「ポータルズ・ノンストップ / コニー・ウィルス」「小さき供物 / パオロ・バチガルビ」「息吹 / テッド・チャン」の全12編。

 

テッド・チャンの「息吹」は、基本はハードSFなのだが、それを優しい言葉で包み込んだ、いかにもテッド・チャンらしい作品。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短編小説パラダイス #15 / 永倉万治の『みんなアフリカ』

 

タイトル : みんなアフリカ

著者 : 永倉万治

収録短編集 : 『みんなアフリカ』

出版社 : 講談社 / 文庫

みんなアフリカ (講談社文庫)

みんなアフリカ (講談社文庫)

 

 

『みんなアフリカ』は、永倉万治の代表作のひとつ。

本が出版された直後(1989年)、著者は脳出血で倒れてしまう。その後、右半身麻痺と失語症を克服して復活。2000年に52歳の若さで亡くなるまで、多くの作品を残した。

残念なことに、永倉万治の本は、現在ほとんどの本が絶版状態である。この『みんなアフリカ』も例外ではない。

読み継がれるべき素敵な作家の復活を心から願っている。

 

では、あらすじを。

 

 

★★★

 

 

ふたりの男が登場する。どちらもクズでロクデナシである。

ひとりは、カメラマンの加藤栄吉。中年で、別れた女房と小学4年生の息子(浩)がいる。仕事はほとんどない。

 

 元はといえば、別れた女房の京子からの電話だった。

 一週間程前のこと、京子が突然電話をしてきて「あんた、ちゃんと稼いでる?」といった。

 相変わらず言葉にトゲのある物言いで、栄吉は、それだけで胃のあたりが重苦しくなった。

 「お前、もっと優しい言い方ができないのか。いきなり稼いでるか? っていうのはないだろう」

 「やさしく言ったら、何かいいことがあるわけ?」

 「……でなんだ、用件は?」

 「夏休みに、浩をどっかに連れてってくれる?」

 (中略)

 別れて二年になるが、京子は、浩に会わせたがらない。母と子二人の新しい生活が落ちつくまでには時間がかかる。じゃまをしないでくれ。彼女の意地がそうさせるのか、ともかく栄吉が子供に会いに行くのを嫌う。

 

どうやら浩が、父親とキャンプに行きたがっているらしい。それを聞いて栄吉は舞い上がる。愛する息子とキャンプをしている妄想は果てしなく広がっていく…。

 

 キャンプか……キャンプだ、浩と二人だ。

 栄吉の頭の中を、山中湖や野尻湖がかすめ、グランドキャニオンやエアーズロックを馬に乗って浩と二人で旅する光景が浮かんでくる。

 やがてそれはアフリカの草原に変わった。

 栄吉は気負い立っていた。浩に対する父親としてのひけ目なのか、京子に対する意地なのか。自分でもよくわからないが、部屋の中を、腹の出た体をゆすりながら歩き回っているうちに、頭や胸のあたりが熱を帯びてきて、もはやアフリカしかないと思い込み始めていた。

 今年の夏休みは、浩と二人でアフリカに行くんだ。

 

しかし、栄吉には金がない。愛する息子とアフリカに行く金などないのである。

そんなとき、仕事がらみで知り合った興信所の調査員から、「あんたの腕を見込んで、ぜひ頼みたいことがあるんだが…」という電話が入る。どこか胡散臭い依頼だったが、栄吉は仕事を引き受ける。ギャラが良かったのである。息子とのアフリカ行きが頭から離れないのだ。

仕事は、ある有閑マダムの男遊びを写真におさめることだった。マダムは、さる事業家の夫人で、自分でもいくつか会社を切り回している。その夫人の“ご乱行”の現場写真を撮ってくれというのだ。

 

夫人の相手の男は、工藤。

これが、ふたりめのロクデナシ。自分の母親にちかい年齢の女性と関係も持つことで生活をしている、いわゆるジゴロである。

しかし、工藤は、彼なりに悩みを抱えていた。若い女に恋をしていたのだ。そのせいか、夫人との行為の最中に萎えてしまうのである…。

ここらで、自分の人生を何とかしたい。工藤は、切実にそう思っていた。

 

さて、そんな二人のロクデナシが、ひょんなことから出会うことになる。

別れた女房も話しにからんできて、ストーリーは妙な具合に転がり始める。

 

果たして、栄吉は、アフリカ行きの夢をかなえることができるのか…?

 

 

★★★

 

 

収録短編集 『みんなアフリカ』 について

みんなアフリカ (講談社文庫)

みんなアフリカ (講談社文庫)

 

 

「みんなアフリカ」「ホセ、故郷(テキサス)へ」「黄金海岸ゴールドコースト)にようこそ」の3編を収録。

1編が文庫本で80頁前後と、少々長いが、いずれも面白くて長さは感じさせない。一気読み間違いなし。

 

 

こちらもおすすめ

『「これでおしまい」 / 永倉萬治』(集英社

「これで おしまい」

「これで おしまい」

 

 永倉萬治、最後の短編集。

 収録作品は、「サイパン島」「セロリ」「特別な一日」「シベリア寒気団の夜」「黒髪」「人蕩し」の6編を収録。

 これが最後の作品集とは思えないほど充実した内容である。

 収録した短編のほとんどを掲載した「オール読物」の版元(新潮社)からは、本にはできないと断られたものを、集英社が書籍化した。

 

 

『アニバーサリー・ソング / 永倉万治』(新潮文庫

 

アニバーサリー・ソング (新潮文庫)

アニバーサリー・ソング (新潮文庫)

 

 

1989講談社エッセイ賞を受賞。著者が脳溢血で倒れて、なんとか復活してからの受賞だった。

著者の愛犬ロズベイは、なぜ盲導犬になるための最終試験に落っこちてしまったのか?(「愛犬ロズベイ」)、ウィンダム・ヒルズ・レーベル創始者の抱える憂鬱とは何か?(「ウィリアム・アッカーマンの憂鬱」)、三島由紀夫の短編「月」の登場人物のモデルになった元野球記者が語るとっておきの話しとは?(「ハイミナーラ」)、かつて一世を風靡した映画監督が財産のほとんどを失ってもなお持ち続けている情熱とは?(「十七年目の再会」)……。

永倉万治の軽妙な語り口の向こうから、様々な人々(プラス犬一頭)の、ちょっと哀しみを含んだ人生が浮かび上がってくる。

間違いなく、永倉万治の代表作のひとつ。

 

 

『万治クン / 永倉有子』(集英社

万治クン

万治クン

 

 

妻の永倉有子が書いた永倉万治との回想記。

二人の出会いから、東京キッドブラザーズ時代、小説家になってから、そして万治が脳出血で倒れてからの二人三脚の執筆生活などを描いている。

永倉万治の人間としての魅力が伝わってくる。

 

 

『ぼろぼろ三銃士 / 永倉萬治・有子』(実業之日本社

ぼろぼろ三銃士

ぼろぼろ三銃士

 

 

最後の長編小説。

地方新聞に連載されていたのだが、著者の死去により中断。それを妻の永倉有子が書き継いで完成させた。

同じ時期にリストラされた3人の中年同級生が辿る後半生。中年世代への応援歌でありつつ、どこか物哀しいという永倉万治お得意のパターンである。

後半は、永倉有子の筆になるわけだが、最後までプロットができていたせいか違和感はない。

 

 

 

短編小説パラダイス #14 / 能島廉(のしま・れん)の『競輪必勝法』

 

タイトル : 競輪必勝法

著者 : 能島 廉 (のしま・れん)

収録短編集 : 『全集・現代文学の発見・別巻 / 孤独のたたかい』

出版社 : 學藝書林

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

孤独のたたかい (全集 現代文学の発見 別巻)

 

 

能島廉(1929 – 1964)は、生涯に12編ほどの短編を残し、35歳の若さで亡くなった。作品のほとんどは東京大学の同人誌『新思潮』に発表されている。ちなみに同人には、三浦朱門阪田寛夫曽野綾子有吉佐和子、梶山俊之、阿川弘之らがいる。

小学館の学習雑誌で編集長を務めながらも、酒とギャンブル(競輪)に溺れる日々を過ごし、やがて体を壊して小学館を退社。その後もギャンブルをやめることはなく、それがたたって死去。

「競輪必勝法」は、著者の遺作。

酒と競輪と女に溺れる日常を描いて、間然するところのない傑作である。

 

では、あらすじを。

 

 

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短編小説パラダイス #13 / エドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』

 

タイトル : アッシャー家の崩壊

著者 : エドガー・アラン・ポー

収録短篇集 : 『黒猫・アッシャー家の崩壊 / ポー短編集Ⅰ ゴシック編』

訳者 : 巽 孝之

出版社 : 新潮社 / 文庫

黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)

黒猫・アッシャー家の崩壊―ポー短編集〈1〉ゴシック編 (新潮文庫)

 

 

ポーの代表作のひとつ。

数多く書かれたホラー小説の頂点に今なお位置する傑作。

 

では、あらすじを。

 

 

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