単純な生活

映画・音楽・読書について、だらだらと書いている

『賭博常習者 / 園部晃三』(講談社)を読む。

▶『賭博常習者 / 園部晃三』(講談社)を読む。

 

 

だらだらちまちまと本を読むわたしが、めずらしく一気読み。

いやあ、面白かったな。

 

幼い頃、生産牧場を経営する叔父に競馬の面白さを教えられ、それ以来競馬の魅力に翻弄され続けた著者の自伝小説。

なんども人生の壁にぶち当たりながら、不思議な縁で道が開けていく。

開けはするのだが、自らの弱さでその道を再び閉ざしてしまう。

アメリカに渡りカウボーイになったり、乗馬クラブで成功したりもするが、ギャンブルにのめり込んで全て駄目にしてしまう。

けっきょくは、家も仕事も失い、車中泊をしながら全国の競馬場を渡り歩く生活に。

客観的にみれば、典型的なクズ男なのだが、そのクズっぷりが無類に面白い。

 

ほとんどの登場人物が死んでいく物語でもある。

著者に競馬を教えた叔父をはじめ、親しくなったばくち打ち、年上の愛人、ともに競馬を戦った親友、アメリカで世話になったカウボーイ…など、ほとんどの登場人物は亡くなり、最後には著者だけがポツンと残されている。

漂う虚しさは、競馬で有り金を失くしたときの虚しさと少し似ている。

 

著者は、1990年に『ロデオ・カウボーイ』という作品で小説現代新人賞を受賞している。

その後、競馬の予想記事やコラムなどでなんとか糊口をしのいでいる時期に、賞の審査委員だった北方謙三と会う。

そのとき北方謙三に「どうやら色んな雑誌に君のエッセイやコラムが載っているようだが、マガジンライターにするために新人賞をやったんじゃないぞ」と言われてしまう。

「早く名刺になるような代表作を書け」とハッパをかけられるのだが、その後も著者は迷走し続ける。

この本が出版されたのは、2021年である。

新人賞を受賞してから30年経って、やっと代表作が書けたのかもしれない。

しかし、ジェフリー・アーチャーの言葉によれば“作家は3作目が勝負”(アーチャーの3作目は「ケインとアベル」)だそうなので、次が代表作になるのかも知れない。

まっ、競馬に寄り道しなければ、の話だが。

 

 

 

▶そろそろ、夏競馬が終わる。

毎年そうだが、夏競馬は当たらない。

まったく当たらない。

ならばやらなければ良いのだが、そういうわけにはいかないのだ。

なぜなら、馬は走っているのだよ(イミフ)。

なぜなら、競馬は開催されているのだよ(イミフ)。

やらないわけにはいかんのだよ。

 

くそっ、横山和生くん、なぜもっと前に行かない?

ルメールさん、忘れた頃に来ないで下さい!

 

それにしても、Yogiboを枕にするアドマイヤジャパンくんの姿はなんど見ても癒されるなぁ…。

 


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『大地のうた』(1955)を観る

 

▶『大地のうた』(1955)を観る。

インド映画の父、サタジット・レイ監督の長編デビュー作。

監督34歳のときの作品である。

モノクロ。125分。

ベンガル地方のとある村に暮らす貧しい一家の物語。

優しく知的だが少々生活力に欠ける父親、貧しさに終始苛立っている美しい母親、病弱な娘ドゥルガ、その弟オプー。

映画は貧しさに喘ぎながら生きる一家の日常を淡々と映していく。

 

インド映画の多くは貧困を描いてきた。

大ヒットしたコメディ映画「きっとうまくいく」も、Netflixオリジナルの「ホワイトタイガー」も、最近作の「無職の大卒」も、みな根底には貧困というテーマがあった。

その始まりはこの映画あたりにあるのかも知れない。

「大地のうた」では、一家の貧困ぶりが徹底的に描かれる。

が、同時に描かれる自然の描写があまりに美しく(ラヴィ・シャンカールの音楽も良い!)、貧しさよりも、そういう自然の中で暮らすことの豊かさの方を強く感じてしまう。

とくに、ドゥルガとオプーが無邪気に遊ぶシーンは、すべてのショットがため息が出るほど素晴らしい。

 


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ドゥルガとオプーが、ススキの海の間から機関車を見る有名なシーン。

映画を観ることの愉悦が詰まっている。

 

映画の終盤、貧困故の悲劇が一家を襲い、父親の慟哭が観ている者の胸に突き刺さる。

一家は、先祖伝来の土地を捨て、わずかばかりの家財道具とともに街(バラナシ)を目指して旅に出る…。

 

★★★

 

少年オプーの成長を追った“オプー3部作”の第1作目。

この後、「大河のうた」「大樹のうた」と続く。

 

ストーリーじたいに激しい起伏があるわけではないので、退屈と言えば退屈である。

若い頃映画館で観て、なんどかウトウトした記憶がある。

今回は、全編125分いちども眠くなることなく、かなり面白く観ることができた。

年齢を重ねると、退屈なくらいがちょうど良くなったりするのだ。

ジェットコースター・ムービーは、ちと疲れる(途中で飽きるし)。

 

 

『エディ・コイルの友人たち』(1973)を観る

▶『エディ・コイルの友人たち』を観る。

1973年制作のアメリカ映画。

監督は、ピーター・イェーツ

出演は、ロバート・ミッチャムピーター・ボイル


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ロバート・ミッチャム扮するエディ・コイルは、武器の調達屋。

昼は、運送会社に勤め、裏では犯罪者たちに銃を売りさばいている。

 

エディ・コイルは裁判を控えて困り果てていた。

バイト感覚でやった酒の密輸でパクられてしまい、もうすぐその判決が下るのである。

おそらくは刑務所に2年ほど入ることになりそうなのだ。

エディには、妻とふたりの幼い子供がいる。

年齢は50歳ちょっと(ロバート・ミッチャムの実年齢にちかい)。

この歳で刑務所に入るわけにはいかないのである。

 

そこで、自分の知っている犯罪者の情報を捜査官に流すことで、有利な判決を出してもらおうと画策するエディ。

しかし、それは犯罪組織から命を狙われることを意味してもいるのだ。

はたして、エディは無事逃げ切れることができるのか…?

★★★

 

映画は、エディをはじめとする“犯罪を生業にしてしまった男たち”の日常を淡々と映していく。

朝のゴミ出しをするエディ、学校に行く子供たちを見送るエディ、行きつけの酒場でビールを飲むエディ、カフェで食事をし珈琲を飲むエディ…。

まるでサラリーマンのような日常である。

が、その平凡な日常の合間に、銀行強盗を企む奴ら相手に銃を売りさばくエディ。

 

監督のピーター・イェーツは、マックイーン主演の名作『ブリット』でド派手なカーアクションを演出したひとだが、この作品にはアクションはまったくない。

終始、渋い。

なによりロバート・ミッチャムの佇まいが、めちゃくちゃ渋い。

中年犯罪者の悲哀を全身に漂わせている。

若い頃タフガイを演じていた俳優が、歳を重ねてから、少し弱った中年を演じると、なぜこんなにも良い味が出るんだろう。

 

ラストのあっけなさも良い。

観終わったあと、タイトルに込められた皮肉が胸に刺さる。

ピーター・イェーツ監督の作品では、『ブリット』をはじめ『ヤング・ゼネレーション』や『マーフィーの戦い』が有名だが、わたしはこの渋くて切ない作品がいちばん好きだ。

 

フィルム・ノワールの傑作『夜の人々』(1948)を観る

 

▶『夜の人々』を観る。

1948年制作のアメリカ映画。

モノクロ、96分。

『理由なき反抗』などを撮った名匠ニコラス・レイ監督の初監督作品。

 

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DVD

 

 

フィルム・ノワールの傑作のひとつに数えられる名作だけど、ノワール的なクールさはあまりなく、どちらかと言うとメロドラマのような甘さが全編に漂っている。

どのシーン、どのショットも、すべてが美しく素晴らしい。

 

ちなみに、この映画にはタイトルが3つある。

原題は「They Live By Night」、イギリス公開版は「The Twisted Road」で、もうひとつが「Your Red Wagon」(わたしが観たのがこれ)。

 

★★★

 

主人公は、自らの冤罪を晴らすために仲間とともに脱獄した青年ボウイ。

演じるのはファーリー・グレンジャー

二枚目のヤサ男である。

 

一緒に脱獄したのは、筋金入りの犯罪者、T・ダブとチカマウ。

T・ダブ(ジェイ・C・フリッペン)。

3人のなかではいちばんの頭脳派だが、悪党顔なので、ぜんぜん頭脳派に見えない。

 

チカマウ(ハワード・ダ・シルヴァ)。

根っからのクズ。

右目が見えず、それをからかわれるとキレる。

 

映画は、猛スピードで車を飛ばして逃げる3人の空撮で幕を開ける。

冒頭の1分間はノーカット。

カメラは、爆走する車を追い続ける。

気分がアゲアゲになる素晴らしいオープニング。

 

3人が逃げ込んだのは、チカマウの兄の家。

その家で、ボウイはチカマウの姪キーチと出会う。

父親にこき使われている薄幸の娘。

演じているのは、キャシー・オドネル。

 

薄幸の娘とは言っても、リリアン・ギッシュ的な(古い!w)弱々しさはなく、かなり芯の強い娘である。

キーチは、叔父であるチカマウらを心底軽蔑し嫌っているが、根が純朴なボウイには好感を持つ(イケメンだしね)。

ボウイのほうも、掃き溜めに鶴のキーチに思いを寄せるようになる。

いい感じのふたり♥

 

金が必要なT・ダブとチカマウは、銀行を襲う計画をたて、ボウイにも手伝わせることに。

襲う銀行の内部を下見したり、逃走用の車を用意したり、準備のシーンは見せるが、かんじんの銀行強盗のシーンはない。

準備から、いきなり逃走で、こういう描き方がクール。

盗んだ金でスーツを新調するボウイ。

どこが純朴なんだか(笑)。

 

しかし、事はそうそう上手くは運ばない。

新車も買って、上機嫌で戻る途中、事故ってしまうのだ。

 

なんとか事故現場から脱出するが、残してきた車の中からボウイの指紋がついた拳銃が発見され、銀行強盗の首謀者と見なされてしまう。

傷ついたボウイを看病するキーチ。

お尋ね者になってしまったボウイは、「ここから出て行く」と言うのだが、キーチが「わたしも一緒に行く」言い出す。

こうして、映画史に残る「ふたりの逃避行」が始まる。

 

逃げると決めてから、キーチの顔が急に大人びてくる。

逃亡の途中、激安(20ドル)の簡易結婚式場で結婚するふたり。

幸せと、やがて訪れるであろう悲劇の予感が画面いっぱいにあふれている。

 

すっかりハネムーン気分のふたり。

お尋ね者なんだがなぁ…大丈夫か、ボウイ&キーチ…。

 

隠れ家にこもったふたりだったが、悪の仲間は見逃してくれない。

チカマウに見つかり、ふたたび銀行強盗に誘われる。

必死に止めるキーチ。

しかし、ボウイは制止を振り切り「これが最後だ」と出て行ってしまう。

そして、2度目の銀行強盗は失敗。

T・ダブもチカマウも射殺されてしまう…。

 

疲れ果てて戻って来るボウイ。

軽率な行動を責めるキーチ。

喧嘩となり、出て行こうとするボウイ。

そんなときに、キーチが妊娠を告白する。

ふたりは、ふたたび逃避行の旅へ。

悲劇的な結末が待っていることは、ふたりにもわかっている。

しかし、なんとかその運命に抗おうとするふたり。

 

都会の宿に落ち着き、久しぶりにデートするボウイとキーチ。

幸せそうなふたりではあるが、終始切なさがつきまとう。

破滅は、もうそこまで迫っているのだ。

 

店のオーナーから、この街から出ていけと脅されるボウイ。

裏社会では、すっかり顔が知れてしまっていたのだ。

 

体調が悪くなったキーチを休ませるため、T・ダブの弟(服役中)の嫁マッティを訪ねるボウイ。

泊まらせないと言われるが、相手を脅して無理やりキーチのための部屋を確保する。

 

脅されたマッティは、夫の即時釈放を条件に、ボウイの居場所を警察に密告する。

ボウイは、メキシコへ逃げようと画策するが、うまくいかない。

逃げ場を失い、徐々に追い詰められていくボウイ…。

 

このままではふたりとも破滅すると悟ったかれは、金を残してキーチの元を去ろうと決心する。

キーチへの想いを綴った手紙をマッティに託すボウイ。

最後に一目キーチの姿を見ようと窓に歩み寄る…。

そこに、待ち伏せしていた警官たちのライトが当たる。

思わず懐の拳銃に手を伸ばすボウイ。

警官に撃たれ、倒れるボウイ。

駆け寄るキーチ。

お腹の子を産み育てることを決意するキーチのアップで映画は終わる。

 

★★★

 

この映画の唯一の欠点は、ボウイの性格だな。

優しくハンサムなんだけど、けっこう頭が悪い(笑)。

こんなバカな男を愛してしまったキーチちゃんが可哀想ではある。

このボウイの性格を受け入れられるかどうかで、この作品への好き嫌いも変わってくるような気がする。

わたしは受け入れました。

 

キーチを演じたキャシー・オドネルが美しい。

46歳の若さで亡くなっているし、その10年ほど前にほぼ引退しているので、出演作はあまりない。

最初ボーイッシュな少女として登場し、ボウイと出会うことによって、少しずつ大人の女性の顔になっていく。

ラストは、あきらかに母親の顔になっていて、そういう表情をフィルムに残したニコラス・レイ監督の凄さよ、と思う。

 

ちなみにタランティーノの『トゥルーロマンス』の元ネタ。

ほかにもテレンス・マリック監督の『地獄の逃避行』やアーサー・ペン監督の『俺たちに明日はない』など、“若い男女の逃避行もの”に大きな影響を与えた。

 

『映画よ、さようなら』を観る。そして、『実写版カウボーイ・ビバップ』にがっかり。

 

▶『映画よ、さようなら』を観る。

2010年制作のウルグアイ映画。

モノクロ。63分。

 


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主人公のホルヘは、独身の中年男。

ミニシアター「シネマテーク」に長年勤め、上映プログラムの選定、映写、貴重な映画の保存、広報、機材のメンテナンスなど、作業のすべてをほとんどひとりでこなしている。

こういう施設の大半がそうであるように、「シネマテーク」も財政難で、存続の危機に瀕していた。

なにしろ上映プログラムが、「アイスランド映画特集」とか「マノエル・ド・オリヴェイラ監督特集」とかなので、コアな映画ファンしかやって来ないのだ。

ラジオ放送で新規の会員を募るも焼け石に水

ある日突然(じゅうぶんに予想されていたことだが)、出資者から“これ以上金は出せない”宣言をされ、「シネマテーク」はあえなく閉館。

最後の日、ホルヘは身の回りの物を鞄に詰めて、「シネマテーク」をあとにする。

乗ったバスのなかでは、思わず涙ぐんでしまい、乗客から奇異の眼で見られてしまう。

あてもなく街をさまようホルヘ…。

 

映画の前半は、堅苦しい映画論が語られるシーンもあり、ぜんたいに重苦しい雰囲気が漂う。

ホルヘの態度にも、映画を楽しむと言うよりは、貴重な映画を多くのひとに観てもらいたいという使命感があふれている。

が、「シネマテーク」を去ったときから、かれのこころに変化が訪れる。

美容室で髪をカットし、その店に意識的に鞄を置き忘れるホルヘ。

 

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シネマテーク」での自分を捨てたのだ。

身軽になったホルヘ。

ずっとこころを寄せていた大学教授のパオラを学校にたずねるホルヘ。

デートに誘う気なのだ。

いままでは、コーヒーに誘うことも満足にできなかったのに、急に大胆だぞ、ホルヘ。

 

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パオラを待つあいだ、学校の階段で踊り出してしまうホルヘ。

大丈夫か、ホルヘ?

仕事が終わり同僚と出て来たパオラにホルヘが歩み寄る。

おどろくパオラ。

そりゃそうだろう、いままで内気だった男が、急に自信満々なかんじで自分の前に現れたのだ。

そして、ホルヘがパオラに言う。

「どう、これから映画でも観ない?」

コーヒーでも、ディナーでもなく、“映画”である。

ホルヘにとって映画は、映写するものから観て愉しむものに変わったのだ。

少し戸惑いつつOKするパオラ。

おめでとう、ホルヘ!

街の雑踏のなかに消えて行くふたりを映して、映画は終わる。

 

正直、この映画がなにを言いたいのかはイマイチわからないのだが“笑”、ホルヘが幸せになりそうな予感がするので、良しとしよう。

ハッピーエンドを予感させる映画は、内容がどうあれ、それは良い映画なのだ。

 

 

Deep Purple の『Made in Japan』(1972)を聴く。

 

Made In Japan (Deluxe Edition) [Live]

Made In Japan (Deluxe Edition) [Live]

  • ディープ・パープル
  • ハードロック
  • ¥2037

 

むかしのサイレント映画をよく観るのだが、いつもディープ・パープルの曲を流しながら観る。

サイレント映画には、たいていクラシック音楽が劇伴として付いているのだが、そんな毒にも薬にもならない音楽よりか、ディープ・パープルの激しいリズムのほうがずっと良い。

ビートルズとかストーンズとか、バート・バカラックとかカーペンターズとか、あるいはアバとかU2とか、いろいろ試したのだが、いまのところディープ・パープルがいちばんのお気に入りである。

サイレント映画特有の、ちょっと前のめりな感じのスピード感にディープの曲がよく合ってる気がする。

とくに美女が悲鳴をあげているようなシーンで流れる「Highway Star」は最高である。

 

 

 

Netflixで『カウボーイ・ビバップ実写版』の配信がスタート。

 


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全10話の半分まで観てみたが、うーん、微妙だなぁ。

セットがショボく、アクションがダサく、話もうまく回っていない気がする。

良いのは、吹き替えの声優(アニメ版と同じ)と、菅野よう子の音楽と、キャラ完璧再現のアインだけかな。

まっ、最終話まで観るけど。

正直、がっかりだわ。

とくにビシャスがひどい。

アニメの設定では27歳の美青年なのに、実写版は筋肉マッチョの中年オヤジだ。

萎える。

 

 

シュトロハイム監督の傑作『愚なる妻』を観る。

 

▶『愚なる妻』を観る。

1922年制作のアメリカ映画。

モノクロ、サイレント。

 

 

映画史に名を残す異人エリッヒ・フォン・シュトロハイム監督の代表作のひとつ。

“フォン”は貴族階級であることを表す単語だが、シュトロハイムは貴族家系ではない。

ウィーンの貧しい家の出身なのだが、アメリカの映画界に身を投じたさいに箔をつけるために自ら“フォン”と名乗ったのだ。

ニセ貴族ですね。

『愚かな妻』の主役も、カラムジン伯爵と名乗るじつに怪しい貴族で、シュトロハイム自身が演じている。

 

舞台はモンテカルロにある大きなカジノなのだが、ロケではなくて、とんでもないお金をかけてハリウッドにセットを作って撮影している。

映画の冒頭で、そのセットが紹介される。

「オレ、こんな凄いもん作ったんだけど」って感じで、字幕でスゲー自慢してくる “笑”。

 

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「カリフォルニアの丘陵に組まれたモンテカルロの豪華セット。強力なライトが夜を昼に変える。幾千の白熱灯が輝く世界博覧会以来の熱気。モンテカルロの再現。ヨーロッパ製の自動車も輸入して使った。」

最初にメイキングをもってくる映画って、初めて観たかも。

 

シュトロハイムが演じるカラムジン伯爵は、オルガとベラの姉妹(カラムジンのいとこ。こいつらもかなりのワル)と一緒にモンテカルトに滞在している。

懐はすっからかんなのだが、余裕をかましているカラムジン伯爵。

はじめて登場するシーンでは、なぜか海に向かって拳銃をぶっぱなしている。

 

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しかも、サイレンサー装着。

 

カラムジンたちは金を工面するために、さいきんモナコにやってきたアメリカ公使夫人に目をつける。

カラムジン伯爵が夫人に接近。

 

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御年21歳の若い妻は、41歳の夫との生活に少し不満を持っていて、カラムジン伯爵は、そのこころの隙間にあっと言う間に入り込んでしまうのである。

 

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めちゃくちゃ怪しい風貌なんだがなぁ…。

帽子は常に斜めかぶりだし(まあ、そういう帽子なんだけど)。

でも、稀代の女たらしと言う設定である。

 

嵐の夜、道に迷ったカラムジンと公使夫人は一軒のあばら家で一夜を過ごす。

濡れた服を着替える夫人の裸を、手鏡を使って盗み見するカラムジン。

すけべオヤジの無邪気な笑顔 “笑”。

 

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しかし、カラムジン伯爵の毒牙にかかっているのは公使夫人だけではなかった。

かれは、滞在するホテルのメイドにも、結婚をエサに取り入っていたのである。

もちろん狙いは金である。

メイドは、カラムジン伯爵の「わたしはすっかり無一文なんだよぉ」と言う泣き落としにコロッと負けて、こつこつとため込んだ2000フランという大金を貢いでしまうのである。

 

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「いつになったら結婚してくださるんですか?」と泣き崩れるメイドには、甘い言葉とキスで対応するカラムジン。

慣れたもんなのである。

クズですな。

 

女には強いカラムジン伯爵もギャンブルには弱いようで、せっかく手に入れた金もルーレットですってしまい、ふたたび無一文に。

逆に公使夫人はツキに恵まれて大金を手に入れてしまう。

とうぜん、この金を狙うカラムジン伯爵。

ロックオン状態である。

ホテルの一室に夫人を呼び出したカラムジン伯爵は、ここでも泣き落としの技を使う。

「明日の朝までに9万フランを返済しないと、私の命はないのです…!」

そして、泣き落としが見事に成功、カラムジンはまんまと大金をせしめるのである。

 

が、一部始終をメイドが見ていた!

鍵穴から覗いていたのだ。

 

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嫉妬に狂ったメイドは、ホテルに火を放つ。

 

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メイド役のデール・フラー(Dale Fuller)迫真の演技である。

 

逃げ遅れた伯爵と夫人はバルコニーから脱出をはかるも高すぎて飛び降りることができない。

 

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ようやく到着した消防隊が救命用のクッションを用意すると、なんとカラムジン伯爵、夫人をおいて、さっさと自分だけ飛び降りてしまうのだ。

 

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どこまでもクズ。

 

それにしても、この火災のシーンの迫力はすばらしい。

メイドが火をつけてから、部屋に火が回り、ふたりがバルコニーで助けを求めて叫び、消防隊がかけつけて、カラムジン伯爵と夫人が救出されるまでの流れが、見事なカットで、たたみかけるようにつながれていく。

およそ5分間、135カット(数えました)。

なんと1カット平均2秒くらいである。

瞬きもできない。

しかも固定カメラ。

凄い人だな、シュトロハイム

 

火災を起こしたメイドは、崖から身を投げて自殺する。

 

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このシーンも凄い。

海は明るく、メイドだけが、逆光なのかずっと影のままなのである。

どうやって撮ったんだろう。

 

さて、命からがらホテルから脱出できたカラムジン伯爵だったが(従姉妹に「女の胸に火をつけるだけでよかったのに」とか言われて苦笑い)、クズはどこまでもクズなのである。

なにを思ったか、以前から目をつけていた娘に夜這いをかけるのだ。

娘の父親は贋金作りで、従姉妹たちも世話になっている。

が、父親は娘を溺愛しており、「あの子を傷つけるやつは、誰であろうと殺す」と、以前カラムジンにも忠告していたのだ。

よりによって、なんでそんな娘に手を出そうとするかね。

案の定、カラムジン伯爵は父親に殺され、あえなくお陀仏である。

死体は、マンホールに捨てられてしまう。

 

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最後はかんぜんに物扱いされている。

この冷たく突き放した感じがシュトロハイムか。

 

ホテルを逃げ出そうとしていた従姉妹のオルガとベラは、偽札を使った容疑で逮捕される。

 

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左がオルガ、右がベラ。

ふたりとも悪い顔をしている。

 

カラムジン伯爵に騙されていたことを悟った公使夫人は、夫の愛を再確認するのであった。

めでたしめでたしと。

 

 

▶観終わって、こころに残っているのは、カラムジン伯爵、すなわち監督でもあるシュトロハイムの異様な個性である。

後年、映画が撮れなくなってからは性格俳優として活躍しただけはある。

ストーリーじたいは、たいして複雑でもユニークなものでもないのだが、シュトロハイムの存在が、この映画をとてつもなく面白いものにしている。

完全版(つまりシュトロハイムの望む形のフィルム)は、全編で6時間あるらしいのだが、映画会社が「おまえ、ふざけんなよ!」と言うことでズタズタにカット。

まあ、しょうがないですね。

しかし、次作の『グリード』はさらに長尺の9時間というあたりが、シュトロハイム

ぜんぜん凝りてない。

 

このひとは、24時間すべて、あるいは人生のすべてを映画のなかに封じ込めたかったのかも知れない。

そして、その映画の世界で生きていきたかったのかも。

知らんけど。

 

この作品をひとに勧めるかと言うと、うーん微妙。

モノクロでサイレントで、2時間ちかくは、いささかキツイ。

配信もされておらず、DVDレンタルも置いてる店は少ない。

幸いすでに著作権フリー状態なのでYouTubeで「Foolish Wives」と検索すればDVDよりキレイな映像で観ることができる(わたしが観たDVD版よりはるかにキレイ)。

ラストちかくの火災シーンだけでも、ぜひ。

 


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ジェラルド・バトラー主演のアクション映画を4本。そして秋競馬が始まる。

▶日頃は、地味なヨーロッパ映画とか、スカしたインディーズ映画とか、物静かなアジア映画(邦画も含む)とかを好んで観ているのだが、たまにド派手なアクション映画をまとめて観たくなる。

で、こんかいはジェラルド・バトラー主演の作品を4本、立て続けてに観た。

いやあ、かっこ良いなあ、バトラーさん。

俳優になる前は、グラスゴー大学法学部出身の弁護士で、そこそこ有名な弁護士事務所で働いていたんだねぇ。

実人生もかっこ良いぜ。

 

 

▶と言うわけで、1本目は『エンド・オブ・ホワイトハウス』。

2013年制作のアメリカ映画。

監督はアントワーン・フークワ。

 

 

北朝鮮系のテロリストの攻撃によってホワイトハウスが陥落、大統領(アーロン・エッカート)も人質にとられてしまう。

ホワイトハウス内に残ったのは、元シークレット・サービス隊長のマイク・バニングただひとり。

ガンガン撃ちまくりながら、大統領を救出し、ついでにテロリストも倒すのだ!

どこかで、そして何回も観たようなプロットだけど(「ダイ・ハード」とか「沈黙の艦隊」とか)、ジェラルド・バトラーがかっこ良いので許す。

 

 

▶続いて、『エンド・オブ・キングダム』を観る。

2016年制作のアメリカ映画。

 

 

エンド・オブ・ホワイトハウス』の続編。

前作のラストでシークレット・サービスに復帰したマイク・バニングが、今回はロンドンで大統領を救う。

最初から最後まで、ずーっと爆発音と銃声が鳴り響いている。

その中を、大統領と世界を救うために我らがマイク・バニングが大活躍だ。

前作の二番煎じ的な印象はぬぐい切れないが、深く考える間もなく爆発と銃撃が続くので、ひたすらボーッと観ていられる。

 

 

▶続いて、『エンド・オブ・ステイツ』。

2019年制作のアメリカ映画。

 

 

マイク・バニング・シリーズの3作目。

これまで命がけで大統領を守ってきたマイクだが、こんどは自らが大統領暗殺未遂犯として逮捕されてしまう(いろいろ考えますね)。

が、護送されている途中で隙をみて脱走。

長らく疎遠になっていた父親の元(山の中の1軒屋に隠れ住んでいる)へ行き、かくまってもらうのだが、そこも急襲されてしまう。

この父親(ニック・ノルティ)というのが、とんでもないオヤジで、襲ってきた敵を敷地内にしかけていた爆薬で全滅させてしまうのだ。

さすが、マイク・バニングのパパさんである。

危ない父親の協力も得ながら、マイクは一歩ずつ真相に近づいていく…。

話に新鮮味はないし、アクションシーンはなんだか雑だし、主役のマイク・バニングは疲れているし(身体がボロボロで引退を考えている)で、前2作と比べると低評価な作品だが、わたしはきらいではない。

マイク・バニングが疲れているのが良いのだ。

 

 

▶続いて、『ザ・アウトロー』。

2018年制作のアメリカ映画。

監督は「エンド・オブ・キングダム」を撮ったックリスチャン・グーデガスト

 

 

開始3分で早くも銃撃戦である“笑”。

年間2400件もの銀行強盗が起きる街ロサンゼルスが舞台。

伝説の銀行強盗メリーメンが企てる3000万ドルの銀行強盗計画と、それを阻止しようとする凄腕刑事ニック(ジェラルド・バトラー)との闘い。

うん? どっかで観たなぁ…と思ったら、マイケル・マン監督の「ヒート」ですやん!

まあ、でも最後にひとひねりあって、ただのアクションものではなかったので良しとしよう。

楽しめた。

 

 

 

▶秋競馬が始まったので、映画など観ている暇はないのだ。

毎日、競馬新聞の馬柱を熟読し、頭のなかでレースをシュミレーションし、過去の競馬動画を眺め、たまにキャプテン渡辺のYouTube動画をのぞき、あれもやり、これもやって、いろいろと忙しいのである。

そして今年は凱旋門賞に大好きなクロノジェネシスが出るし、ディープボンドも気になるし、阪神競馬場でやる菊花賞って大丈夫なのか?とも思うし、古井由吉の競馬エッセイが1冊にまとまったので読みたいし、あれも気になり、これも気になって、けっきょくいろいろと手に着かないのである。

こういう状態を世間では「浮足立ってる」と言うのかな?