▶ Amazon Primeで『狂った一頁』を観る。
1926年制作の日本映画。
衣笠貞之助監督のサイレント作品。
日本で最初のアバンギャルド映画として、日本映画史の最初の方にかならず名前が出てくる作品である。
舞台は、とある精神病院。
自らの虐待によって妻を発狂させてしまった男が、妻が入っている精神病院の小間使いとして働きながら、妻を見守り続けると言う話。
このストーリーを聞いただけで、なんだかこころがざわざわするが、映像を観るとさらにざわざわする。
冒頭の10分間、鉄格子のなかに入っている狂人が、キレッキレッのコンテンポラリーダンスを踊るシーンがあるのだが、ここがいま観ても凄い。
とても100年前の映像とは思えない。
この前衛に振り切ったまま最後まで行ってれば、さらに傑作になったと思うのだが、残念なことに“物語”が始まってしまう。
が、“物語”が始まりはするが、これがさっぱりわからないのだ。
いちおう予備知識があるので、だいたいの筋はわかるが、それでも意味不明なシーンがてんこ盛りである。
廊下をいきなり猫が走っていったり、庭らしきところを犬が駆け、追いかける少年が転んだり…なんだこれ?
意味が分からない原因のひとつは、サイレント映画なのにもかかわらず字幕がないことである。
当初はあったらしいのだが、発案者のひとりでもある横光利一(とうじイケイケの前衛小説家)が字幕をなくせと言ったらしい(困ったひとだな)。
そのせいで、物語りの筋がわかりづらくなっているのだ、って言うか、まるでわからないのだ。
映像技法的には、フラッシュバックや多重露光、明暗の強調、オーバラップ、明滅するほどの素早いショット繋ぎなど、持っている技術をすべて使った感じで、そういうところは今観ると逆に素人臭く感じたりもする。
夫を演じる男優と、妻を演じている女優の狂ったような目つきが、めちゃくちゃ怖い。
リングの貞子の百倍くらい怖い。
ちなみに脚本は、日本を代表する変態作家の川端康成である。
紹介しておいて言うのもなんだけど、観なくてよいです “笑”。
▶ クラシック映画が好きなひとには、アマプラは最高である。
Netflix や Hulu など、動画配信サイトはたくさんあるけれど、古典的な映画が好きな人が、どれかひとつに入るとするなら、アマプラ一択だろう。
まさか、『狂った一頁』のような映画が、ネットで観れるとは思わなかった。
まあ、著作権フリーになっているので、YouTubeで観れないことはないのだが、YouTubeは、画質と音質に難があるのだ。
▶ Keith Jarrett の『Restration Ruin』(1968)を聴く。
キース、唯一のヴォーカル・アルバム。
下手だ “笑”。
ヘタウマとかでもなく、ただ下手なんだよなあ…。
嫌いにはなれないけど。
▶ 『岡本喜八の全映画 / 小林淳』を読む。
岡本喜八が、生涯に撮った作品は39本。
半分観ていないなあ。
東宝の岡本監督が大映の『座頭市と用心棒』を撮ったとき、とうじ大映映画のヌシ的存在だった宮川一夫カメラマンの意見をまったく取り入れなかったというエピソードは、なにげにかっこい良いな。